婦人科に行った時のこと。待合室でマタニティファッションの通信販売雑誌を読んでいると、忙しない感じで一人の女の人が入ってきた。黒いピッチリとしたスーツの袖口からは真っ白なシャツが絶妙なバランスで見えていて、髪の毛もキチンと束ねてあって。30代前半くらいのイキイキとした雰囲気の女性だった。
彼女は受付で待合室全体に響くようにこう尋ねていた。
「午後に重要なミーティングがあるので、早く診察受けたいのだけれど、どのくらい待つかしら?」
「重要な」という響きが、婦人科の待合室で重々しく響いた。なんとなく空気が揺れたような気がした。
彼女が言うには、明日も明後日も重大な仕事が続くので自分はココになかなか通うことができないのだというのだった。
「そうですねぇ・・・順番をお待ちいただくしか・・・お待ち頂いている方もいらっしゃるので・・・」
受け付けの人は・・・そう言うしかないだろう。
なんとなく私はソワソワした。みると隣の人もなんとなく居心地が悪そうな・・・感じ。「重要なミーティング」の予定は、待合室で雑誌を読んでいた私にも、私の隣にいた人も、その横の人にも・・・なさそうに見えた。スーツを着ている女性とゴムのスカートやミニスカートやジーンズをはいているその他のオンナたち。会社から抜け出してきた女性と、明らかに「家」から来た感じの女たち。「あの・・・お先にどうぞ」とか誰か言い出すんじゃないかとドキドキした。というか、黒いスーツの女性に「そう」望まれているような錯覚をした。
もちろん黒いスーツの女性がもちろん「順番を譲って」と言ったわけでない。もちろん、そう望んでいるのかどうかすら分からない。それでも、待合室で「需要な会議が!」と騒ぐ様子は、重要な会議を背後に抱えていないだろう「非スーツのオンナ」を十分意識しているようにみえた。なにか誇らしげな使命すら、感じた。
と、ここまで書いて、私自身、逡巡する。というか、待合室で私は動揺していた。
「意識しているようにみえた」というのは、あくまでも私の主観だ。そういう意味で、黒いスーツの女性は私自身なんじゃないだろうか。働いているオンナ、重要な会議に出られるオンナは、そうではないオンナに羨まれる存在である、と私自身がどこかで内面化しているから、初対面の黒いスーツの女性の内なる声が聞こえているような気になっているんではないか。ブツブツ・・・それより私ったらなんで「順番変わった方がいいのかな」とか思ってんの? それこそ夫に仕える妻みたいじゃないか。私の仕事よりもあなたの方が大事ですよ・・・ってオンナジェンダーばりばりじゃん! ブツブツ・・・それにしても、なんで「重要な会議」とか言うんだろう。普通に午前中に診察受けたい・・・って言えばいいのに・・・泌尿器科の待合室でも、偉そうな男が「会議があるんだけど」とか言ったりしているんだろうか。言ってそうだな。しかし。。。ブツブツブツ。。。
そうこうしている内に名前を呼ばれた。この婦人科の先生、すごく好きなんだよね。いつだったか、最近のオンナは子供を数多く産まないから生涯の月経数が一昔前の人よりも多いんですよね、みたいな話をしてくれた時、つまんなそうに私は話しを聞いていたんだろうか、フッと私に笑いかけて本音をもらすような調子で、「まぁ、産む産まないかなんて、自分で決めることだし。産まなくたってぜんぜんいいんだけどねぇ」と言ったのだった。
何年も前に妊娠したと分かった時、検査をした初対面の先生に「産んで下さい」と言われたことを思い出した。無神経な医者が多いからなるべく医者とはコミュニケーションを取りたくないと思っていたけれど、この先生、いいじゃん! 好き! 待ち時間の長さも気にならない。この日も私が気になっているいくつかのことについて、明快に答えてくれた。
マンコを診る婦人科だからなのか、ただの診察なのに湿った説教をする婦人科医師というのは少なくない。湿り気はマンコに! 診療は明快に爽快に! 説明は簡潔にドライに! と思う私には、この先生とは相性がとても良い。30代中頃のオンナの先生。
診察を終えて待合室に戻ると、黒いスーツの女性は雑誌を手に取ることなく、何か考えごとをしていた。仕事のことかな。午後の会議に間に合わなかったら大変だよね。忙しいのに婦人科にかけこんでくるのですものね、大変だね。がんばれよー。あらま、先生にマンコを診てもらった後は、なぜか心が穏やかに・・・。
黒いスーツの女性の隣にはお腹の大きな人。眠そうだ。そしてその隣には20歳くらいのすっごいミニスカートの人、ケータイみてる。その隣には40代後半のとっても線の細い人が真剣に健康雑誌を読んでいる。
企業で働いている、企業で働いていない、正社員でいる、契約社員でいる、パートでいる、結婚している、結婚していない、女とセックスしている、男とセックスしている、妊娠している、していない、子供がいる、子供がいない、カラダを病んでいる、病んでいない、女たち。
私自身かもしれないオンナたちが、婦人科の待合室にはいる。パラレルワールドをいくつも一度に体験したような不思議な気分になった。もしかしたら、あの先生がすべてを司っているんじゃないか。たくさんのマンコがあの先生のもとで何か放射線状に一つにつながっているんじゃないか、とふと奇妙な妄想をしたりした。