タクシーでラジオが流れていた。聴いていなかったんだけど、時折、セックスとかセイフセックスとか聞こえてきたので耳をすました。NHKの夕方の番組で、たんたんと「セックス」。公共の電波でその言葉がクリアに流れるのを聞くと、慣れていない分だけ、少しドキっとする。大学教授だという男がしゃべっている。
「セックスとはそもそもちょっと暴力的なものだ。最初に『コンドームをきちんとつけましょうね。はい』と始まるセックスでは、そういう面がなくなる。ああ死んじゃう! という感じで興奮する面がセックスにはあるのに、そういうのを快感と呼ぶのに、セイフセックスでは快感が薄れてしまう。セイフセックスそのものの考え方はけっこうだけれど、これは、セックスからセックスをなくす、というようなものだ。セイフセックスは、カフェエイン抜きのコーヒーだ。」
気が付いたら後ろの座席から、運転席と助手席の間に顔をつっこんでいた。日本の女子のみなさーん、お気をつけて! 日本は危険なナマ社会ですよ!!! という事態なのか? ここに危険なオスがいます、逮捕ですよ!
アナウンサーの女性は「セックスとは暴力的なもの」という発言に、「ええ、ええ、」と曖昧な相づちだけを打っている。困っているのがこちら側にも伝わるようなぼんやりとしたテンポだ。私もタクシーの密室でオジサン運転手とこんな話しを聴いて、少し困る。と思っていたら、目的地についてしまった。「セイフセックスはカフェイン抜きのコーヒー」の続きを聞きたかった・・・。
それにしても。「ああー、死ぬー」という喘ぎ声は場を盛り上げるのに有効なものだと思うけれど、それと、コンドームとかセイフセックスってどう関係しているんだろう? と男の頭の中身が分からずに混乱している。
マンコ持ちにとって「死んじゃうかも〜!! ギャー!」というセックスは、「死んじゃわない」「死ぬわけがない」という安心な状況においてのみ、「興奮」と呼べるものだと思うが。チンコ持ちには違うのか?
「できちゃうかもしれない」という恐怖は「死んじゃうかもしれない」なんていう興奮を殺ぐのに十分な「恐怖」であるが、チンコ持ちはそもそも「できちゃうかもしれない」も「死んじゃうかもしれない」と同じ類の「興奮」なのだろうか?
「エイズが怖くてオンナ買えるか!」
というようなことを言う男がいると、セックスワーカーの人から聴いたことがあるが、そういうセリフを大学教授は、
「セイフセックスは、カフェイン抜きのコーヒーと同じです」と翻訳する、ということなのだろうか?
チンコ持ちとのセックスは「二人でしているこのセックスが、相手にとっては全く別物にみえている」という可能性がむちゃくちゃ高いってことなんだろうか?
と、ここまで疑問をあげていき、急にあほらしくなる。そもそも、男よ。お前の性癖にしか過ぎない話を、なぜ、ラジオで堂々と話す? 家に帰り、ラジオ番組を調べた。
タイトル、「21世紀 日本を哲学する」とついていました。
すごいね、チンコって!!
脱力した週始め。