●猫の爪 靖国の夏

猫の爪問題。今、私を悩ませている。

生まれて初めて猫を飼った私は、猫の生態・習性に日々新しい発見をしてる。特に猫の爪切りは私のお気に入りの仕事。くるりとカーブした爪をパチンパチンと丁寧に切っていく。ウチの猫は爪切りが好きらしく、パチンパチンしているうちにとろとろと眠りはじめてしまう。全身を私に預けて、手をピンと伸ばして私の掌に乗せたまま。
「ああー、猫が可愛いと、爪まで可愛いのぉ」
と、先日、私がうっとりしながら爪を切っていると、同居人が何気ない調子でこう言った。
「いつ、手術しようか?」
え? 同居人は今までの人生で何匹も猫を飼ってきた猫の達人である。その同居人が当たり前のようにこう言うのだ。
「爪を切除する手術だよ」

猫の爪を一生はやさないために、根っこから切除する手術をするというのだ。その瞬間、私は同居人とのこの数年の日々はなんだったのか! 全く知らない恐ろしい側面を観た! というような気分になった。

同居人の言い分はこうだ。
・爪が必要なのは外敵に襲われた時のためのもの。家猫として飼う場合に必要ない。
・アメリカでは一般的だ。(本当か? アメリカの猫に爪はないのか?)
・今まで猫を飼ってきたが爪がなくて困ったという猫を知らない。(おまえは猫の言葉が分かるのか?)
・人間のエゴだというのなら、去勢をするのと何が違うというのか?

私には同居人が猫を虐待する鬼婆に見えてきた。猫をギュウと胸に抱えて叫んだ。
「私の猫にアメリカの常識は必要ない! 私の猫の爪は取らせない! 去勢と爪切りは意味が違う!」
「どこが違うかしら?」
「猫の爪は猫のものだ!」
「睾丸だって猫のものでしょう?」
うぐぐ・・・

それ以来、私はいろんな人に意見を聞いている。猫を飼ったことある人、ない人。驚くことに「半々」なのだった。爪切除賛成・反対が。賛成派は「去勢するもの人間のエゴだ。爪とどう違う?」と線引きを問題にする。反対派は「感覚的嫌悪」を声にする。

困ったものだ。と思っていたら、テレビで小泉首相が15日に靖国神社に行ったと報道していた。昭和天皇が残したという、A級戦犯に対する不快感を表す文章から、A級戦犯の分祀・合祀問題の議論も盛んだ。誰が祀られるか祀られていないか、その線引きが問題のようだ。

線引き。それが、いつも問題になるのだろうか。寝ている猫の爪をさわりながら考える。
去勢と爪切除の線引きは、確かにどこにあるだろう。

テレビでは「中国や韓国が口を出す問題じゃない」とはっきり言う評論家が次々登場している。いったい、いつから、こんな状況になったのだろう。いつ、その線は引かれたの?
次期首相の可能性が高い阿倍晋三の顔を見て思う。戦争で殺される心配のない人と、真っ先に殺される人たちの人生の線引きはいったい、どこにあるのだろう。
9条を変えよう! と叫ぶ人たちの顔をみて思う。いったい9条のある世界とない世界の線引きはどこにあるのだろう。そーいえば地球上に9条はないじゃないの! 国際法で「武力行使」は違法じゃないんだってね。「正しい戦争」「悪い戦争」がある。いったいその線引きはどこに? 
ニュースが騒ぐA級戦犯。A級戦犯が分祀されたとして。「国家」が仕掛けた戦争で殺された人々を「英雄」扱いする靖国神社が消えることはないんでしょう? だったら知りたい。英雄と無駄死にを線引きするものはなに。

歌手の沢知恵さんが「The Line」という曲の中で歌っている。「見えない線がこの世にはたくさん引かれている」(元は英語の歌詞)って。そう。見えない線をどう意識して、どう感じて、どう理解しいって、どう乗り越えていくのか。生きていくのはそういうことの積み重ね、というような気すらしてくる。様々な線引きがあり、私たちはどちらかに振り分けられている。

で。猫問題。私が猫を去勢するのもエゴならば、私の同居人が爪を切除するのもエゴ。そのエゴに線引きをすることはできるのか。「睾丸取るくせに爪取りたくないなんて、論理矛盾よ」とまで言われる私は、日本軍が行ったと言う「爪はぎ拷問」の惨殺さを訴えてみるが、そういう問題ではないと一蹴される。「必然性」について話し合ってみるが、考えてみれば去勢すら必然なのかも分からなくなってきてしまった。それでも、エゴに線引きはできないからといって合祀でいきましょう、っていうのもなんだかね・・・といろんなことがごっちゃになった頭でぐちゃぐちゃ考えている。

猫は飼い主たちがそんな会議を行っているとは知らず、気持ち良さそうに寝ている。私は自分が「国家」になったような空恐ろしい気分になったりする。命を預かるとは、こういうことなのだと改めて。すっきりオレの決断、迷わないオレの決断、なんてできる方がどうかしてるよなぁ。

猫の爪。靖国の夏。キレイな線が引かれることのない、フクザツな私の心境。


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