母が死んだ夢をみた。
夢の中で私は母に「行ってくるねー」なんて言って、どこか近所にちょっとした買い物をしに行くのだった。母は、つまらなそうな顔で、「行ってらっしゃい」とか言って。でもその時私は、ああこれが最後の会話かな、なんてことを思い出かける。で。帰ってきたら門灯のところに母の叔母さんが立っていて、「ちょっとちょっとノリちゃんが病院に運ばれて亡くなったわよ」と言うのだった。私はとても冷静で。「ん・・・やっぱりね・・・」なんてことを思いながら、どうして私はこういうタイミングでサランラップなんかを買いに行くのだろう、なんてことを考えている。
で。目が覚めた。私は夢占いには詳しくないのだけれど、お母さんは死ぬのか? これは不吉な夢なのか? しばらくベッドの中で目をあけていた。もしかしたら、先日母とけんかした時に、「どうせ、みんな死んじゃうのに、バカみたい」とかメールしたことが原因かもとも思う。
最近、母の家の近所にあるスーパー銭湯に同居人がはまり、二人で両親の家に行く週末が続いた。同居人は東京の真ん中で育った人なので、庭のある家が当たり前の郊外の住宅地に馴染みがない。だからなのか。少し足を伸ばせば深い森や沼がある私の実家のある街に彼女はとてもはまり、そしてついに・・・「家を買いたい」と言い出してしまったのだった。
「家? 無理無理」と最初は相手にしていなかったのだけれど、彼女が具体的にこんな台所があってさ、庭はこんなんでさ、お風呂にも大きな窓をつけてさ、週末は緑にかこまれながらゆっくりと過ごすの、とか言うのを聞いていると私もだんだんその気になってきちゃったりして、私は張り切ると突っ走るタイプなのでミニチュアの紙の家などを造って盛り上がってしまったのだった。
しかし。現実に、金がない。ローンだローンだ、と思っていたが、バイブ屋に銀行は金を貸さないと言う(性風俗系にはキビチーね)。頭金すら満足に用意もできず、さらに郊外も郊外も郊外まで足を伸ばし、「贅沢のしないこぢんまりとした小さな庭付きの」とか「ささやかな幸福」なんて、今まで口に出したことのない単語を並べるしか表現できないような小さな小さな土地ですら、べらぼーな価格がついている。いったい何年かけてローンを払えばいいんだよ、私たちにいったい将来はあるのか? 30代半ば、働き盛り、今が天井じゃねーのか? と。現実的なことに目を向けていくと辛すぎる未来しか私には待っていないような気がして、紙の家も壊してしまった。
そしてついに。同居人がこう言ったのだった。
「あなたの家に・・・間借りできないかしら?」
なんていう図々しさであろう! 彼女は夢を語る。
「ほら、使っていない部屋をお借りして。少し荷物も置けるようにして。週末だけ過ごす部屋にさせてもらって。もちろん家賃も少しお支払いして」
まさかあり得ないよー、父親もいるんだよー、両親の生活もあるだろーしよー、とか私も最初は笑って相手にしないでいたのだが、同居人が熱心に語るうちに、まぁそれもいいか、なんて気分になってしまったのだった。私もいい加減な性格だね。でもね。私と両親の三人、という同居は「死にゆっくりと向かっていく、さして明るいイベントもない、妹の家族(女の子と犬がいる)の来訪を心待ちにするような・・・」なんとも言えない静謐さのイメージだけれど、彼女を入れた四人だったら、何か違う空間が生まれるようなそんな楽しさもあるんじゃないか、なんて、ふっと思ってしまったのだった。
実家には使っていない部屋が二つある。以前私が使っていた部屋。そしてもう一つは父の書斎。父が書斎を別の部屋に移したことで、家の中で一番広くて風通しの良いその部屋があいたのだ。私の部屋でもいいが、ほぼ母の物置になっている。しかも隣の部屋が両親の寝室なので、なんとなく落ち着かない。やはり書斎に部屋を借りて、未だにピーヒョロロ言っているISDN回線を光ファイバーにして、とか勝手に私は盛り上がってしまったのだった。
そして母に電話した。
「お母さん。あのね。・・・ちゃんがね(同居人)、週末だけ一部屋を借りられないか、って言っているの」
「ん? 今もそうしているじゃない?」
「今みたいにじゃなくて、もっと私たちの荷物を置いて、服とか机とかソファーとか(同居人の提案である)置いて。壁紙とかも張り替えて。私たちの部屋として使わせてもらいたいの」
・・・電話の向こうで母の声が曇ったのが分かった。
(次回に続く)