●吉行理恵さん

私は周囲の友人にお願いしていることが一つある。「私が、ネコグッズを見境なく買うようになったら、注意してほしい」と。そして、相方にお願いしていることが一つあった。「私が、ラブピースクラブでネコグッズを売り始めたり、私が、ラブピースクラブのコラムでネコのことしか書かなくなったり、ウチのネコの自慢写真とか掲載するようになったら注意してくれ」と。

hahciokushashinhp.jpgそして、私は最近、改めて気がつく。私は人の意見に耳を貸せないタイプの人間であると。私はネコに夢中である。そして、ネコネコネコと注意して世の中を歩いていくと、今まで出会わなかったものや人に出会うものである。その一人が、吉行理恵さんだ。女優の吉行和子さんの妹で、今年の五月に残念ながら亡くなった小説家であり、詩人。私はこの人の本をこんなに共感して読むことができただけ、ネコを飼ってよかった、とつくづく思うのである。

運命的に出会った作家がすでに亡くなっていて、その人が寡作であればあるほど、一作一作を読むのに神経を払いたくなるものだけれど、吉行さんも生涯、書いた詩も小説も多くはない。
「なぜ、冴は流行作家になれなかったか。力量も足りなかったが、<男>を書くことができなかったからだ」
そんな文章で始まる主人公「冴」と、「私」の物語、『男嫌い』。吉行理恵さんは、結婚を避け、ネコと暮らしていた。

誰にも媚びず、孤独を恐れず、孤独の中にこそ凜としたたくましさがあるというようなネコとの生活を、吉行さんは、幻想小説のような私小説のような、不思議な調子で物語りにしていく。特に女友だちに対する切ないような愛情表現に、私は吉行さんのセクシュアリティについて思いを馳せざるを得ない気持ちになる。

小説の中に、聞き分けの良い人に懐くネコが登場する。トンボという名のネコに主人公の女性はこう言う。
「トンボは犬の学校に通ったの? どうせ、トンボなら虐められて、三日ももたないでしょうけど」
このセリフが私はなんだか気に入って、このところウチのネコに何度も言ってネコとじゃれている。最近、原稿書きでずっと家に引きこもっていた。ちょうど相方が出張で家にいなく、ずっとネコがそばにいて、私はネコとしかしゃべっていない日が続いた。そんな日が続くと、世の中のいろんなものから平和的に取り残された幸福感が私を満たす。そう、置いていってくださいな、私を。そんな気持ちに時々なる。

さて。先々回に私のセクシュアリティライフについて書きます。と言った。いざ、書こうとするとひどく重い気分になる。重い気分というのは、内容が重い、というよりは。なんだか「説明する」ということへの気の重たさのように思う。説明する、というのが、さいきんはどういうわけかすごく億劫に感じる。一言で通じない人とはつきあいたくないよ、と思うくらいに。面倒くさい気分になる時がある。

でも。星空カフェで自分について語った時、私はなんだかいろんなことがスッキリと片付いていくような気分にもなったのだ。好きだった女の子のこと。私を好きと言ってくれた女子との関係のこと。うまくいかなかった、たくさんの関係のこと。そんなことを、少しずつ書いていきたいと思う。

って、結局今回もネコのことだけだ。
しばらく、更新はがんばっていきまーす。
写真は、お休みしているネコ。ネコが抱き合う姿はほくほくと柔らかくやさしいね。


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[2008/09/24]
男女平等というルール
[2008/09/17]
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[2008/09/09]
女の候補者
[2008/09/02]
セックス・アンド・ザ・シティな夜。
[2008/08/26]
ハウスキーパー
[2008/08/20]
オトコジャパン
[2008/08/10]
お久しぶりのご挨拶。
[2008/05/30]
女の罪、男の罪
[2008/05/19]
母としてのわたし
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