●ただいま。

8日間も、猫と離れるのは初めてのこと。
ただいま・・・と恐る恐る部屋に入ったら、猫が怒っていた。
あなたダレデスカ? イマゴロ何ですか? ってな感じで冷たい視線でこっちをみて、それからしばらく暴れ続けた。茶色のデブちゃんは背中をモゥと盛り上げながらカリカリカリカリ爪を研ぎ。黒のチビはテーブルからテーブルにビョンビョン空を飛び回る。二匹は爪を研ぎながら、空を飛びながら、私の方をチラリチラリ見る。

なんだよー、本当は嬉しいくせに、素直になれよー

と私は気持ち悪いオトコのようなことを言って、猫をフンニャー! と抱きしめた。二匹はそれからもしばらく暴れていたけれど、私が床に寝そべり紅茶を静かに飲み始めたら、ニャと頭を私の背中にこすりつけてきた。ようやく、元に戻る。ああ、かわいい。ああ、幸せと、浸っている。

いろんなことがあった旅だった。と、思い出を語りたいのだけれど、最後のヒースロー空港の思い出が強すぎて、なんだか旅自体が遠く遠く離れてしまっている。海外の短期の旅ってさ、旅の中身よりも、旅するための手続き(電車のチケット買ったり、タクシー乗ったり、地下鉄調べたり、街の地図眺めたり)の方に神経取られることあるじゃない? それはあまり普段、使わない神経。だからなのか、ロンドン市内のホテルからヒースロー空港に向かう途中で、私は12年くらい年をくった。

まず。ホテルから空港までのタクシー運転手よ。止めてと言った場所に止めずに、降りたくない場所で降ろそうとするものだから、ここじゃないと文句を言ったら怒り出したな。支払いにクレジットカードを出したら「面倒くさいんだ、現金くれ」とか言ったな! ロンドンと言えば、教育を受けたブラックキャブ、紳士が運転するタクシー、と映画で覚えた記憶があったが、あれは嘘なのか。さらに「荷物を全部出してから支払え」とか言うから重たいスーツケースを全部外に出して支払おうと思ったらメーターが上がってただろ? 止めてなかったの? と言ったら「いいから払え!」って怒ったな。

さらに空港のチェックの厳しさよ。なぜ、歯磨き粉までが「危険物」なのだ? 歯を磨きたいよ! 飛行機の中で! 取り上げておいて、なぜ免税店で歯磨き粉売っているのだ? ああ言いたい文句はたくさんあるけど歯磨き粉が最も重要だ! 「安全のためにご協力を」って、人の歯磨き粉取り上げて! 靴まで脱がせて! 1時間も並ばせて! ピリピリした空気でイギリスから追い出しやがって! おい!

さてそんなわけで、ようやく飛行機に乗れた時。私は解放されたあまりの嬉しさに。
映画「寅さん」に真っ先にチャンネルを合わしたのだった。

乗る前から決めていた。セキュリティチェックを受けながら決意していた。今日は寅さんを観よう。ああ、ANAにしてよかった。テレビが一つ一つの座席についていて良かった。うれしいなー。寅さんだなぁ。頭の中にはテーマソングが流れている。寅さんを観よう、と思いついた瞬間に幸せな思いに包まれた。

寅さんは、いしだあゆみがマドンナで、京都を舞台にそれはそれは暖かい物語だった。みんないい人ばかりだった。人を疑わない人たちばかりだった。人情味に溢れた思いやりが思いやりに思いやりをぶつけるようなケンカをしていた。ああ美しい国、日本・・・優しい国、日本・・・。
寅さんに涙しながら、私は自分の弱さにがっかりする。

異文化に疲れちゃったのです。強い言葉に疲れちゃったのです。地下鉄で迷うのに疲れちゃったのです。タクシーで緊張するのに疲れちゃったのです。強い自己主張に疲れちゃったのです。下手な英語で変な相づち打つ自分に疲れちゃったのです。私はこうやって、違う道から、安倍首相に近づいていってしまっているようです・・・ああ・・・

安全のためのセキュリティは人を疲労させる。
当然のように全ての人が靴を脱ぎ、ピーピーピーと騒ぐセキュリティの囲いをくぐる。
セキュリティチェックする人は笑顔を一つ見せず(そりゃそうだ、何千人を観るもの、疲れるよね)、常に何かを叫んでいる。列に並ぶ人々は、仕方ないさ、というような調子で、飛行機に乗るために全面的にセキュリティチェックに協力する。当たり前のことかもしれないが、当たり前だってことに息苦しさが募ってくる。空港に流れるピリピリとしたアナウンスが緊張感を高める。ここは戦争をしている星なのだ。何度も何度もそのことを思い知る。

さっきテレビをつけたら、防衛庁を防衛省にするべき、とか安倍が言っていた。格上げ、なのだそうだ。いよいよ、やってきた。国家の安全のために! 国民の安全のために! さぁ、緊張しろ! 覚悟しろ!
たった数時間のロンドンの空港での滞在で私は思い知ったよ。
安全のためのセキュリティは無駄に人を緊張させる。
無駄に美しい国を求め、無駄に人情を求める。
それは、ANAに乗って寅さんみて泣く私のようなアホで弱い魂が浮遊するだけだなんだよ。

アホじゃだめ、やはり弱くちゃだめよー、と私、しみじみ思ったな。強くあれ、と。それは力む、ということとは違って。強い国、日本! とかそういうことじゃなくて。強いオトコが好きとか、そういうことじゃなくて。私の中の「強さ」というものを、知りたい、信じたい、というような思いで。
私を守る、とか言う奴らの「強さ」に俯かずに。私を守る、とか言う奴らの「強さ」に対抗するのではなく。私自身の「強さ」を、きちんとみたい。私自身の「強さ」を信じたい。戦うためではなく、生きのびるために。そんなことを、たった1時間強の空港のセキュリティチェックで感じちゃうくらいに、私の精神は脆弱ですなー、って感じなのだけれどもね。

私は、信じたい、私の強さを! なんてまっすぐな目で猫を抱く私は、どこか「美しい国ニッポン!」とか言いたがるこの国の空気と、シンクロしちゃってんのかもしれない。お腹出して寝る、猫になりたい。


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愛せない、という罪悪感
[2008/09/24]
男女平等というルール
[2008/09/17]
ワガママなわたし
[2008/09/09]
女の候補者
[2008/09/02]
セックス・アンド・ザ・シティな夜。
[2008/08/26]
ハウスキーパー
[2008/08/20]
オトコジャパン
[2008/08/10]
お久しぶりのご挨拶。
[2008/05/30]
女の罪、男の罪
[2008/05/19]
母としてのわたし
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