●悪口

爺との韓国語教室に行けていない。いろいろとヤルコトが重なったり、風邪をひいてしまったり、同居人と大げんかして気分が削がれてしまったり。そんな時、爺からファックスが届いた。(私と爺とはファックスでやりとりしている) なかなか通えていない私に、励ましのファックスだ。

あなたにはスピードと理解と礼儀があります。だから、早く韓国語を覚えられます。頑張りましょう。

ジンと来た。喉と頭がじんじんひりひり痛い体に、ジュンと染みいる優しさ。しかし、礼儀があるから韓国語を覚えられる・・・って。爺・・・。どんな人生を送ってきたんだろうなぁ。

ところで、全く話しは変わる。先日、ラブピースクラブの近所のカフェで遅い夕飯を食べていた時のこと。ここのカフェ、場所柄、ということもあるのだけれど東大生がよくご飯食べている。東大生と分かってしまうのは、もちろん話の内容からなのだけれど、最近立て続けに出会ってしまった東大生グループの会話が、とても痛々しかった。

二つのグループ、ともに男女混合チーム。2対2。恋愛している者どうしでもなんでもなく、ただのゼミ仲間らしい。何が痛々しかったかというと・・・この二つのグループは、私がカフェでご飯を食べているほぼ1時間、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、仲間の悪口や学校への不満で盛り上がっていたのであった。そして、すっごく楽しそうなのだった。

悪口や不満の会、男女混合チーム。
悪口や不満の会、というと同性同士で盛り上がる、という私のイメージがあったが、そういうもんでもないんだなぁと、ちょっと新鮮に思う。そういえば私、男友だちと悪口で盛り上がったことなんてないな。何でだったんだろう。男の悪口を言えば男友だちを傷つけ、女の悪口を言えば男友だちに諭されるような気がしていたからかな。男女混合悪口チームはジェンダーフリー、男女共同参画っちゅうもなんですかね。

それにしても、二つの東大生グループの悪口は、ただ一点に集約されていた。
「頭悪いくせに・・・・」「頭が悪いんだったら・・・」
「頭が悪い」ことを恐れる東大生らしい悪口である。頭が悪いのは罪、という世界で生きていたら、おまえ頭が悪いだよ、と攻撃される前にみんなで攻撃しておこう、というのはなるほど、小賢しい。

聞きたくもないのに聞こえてしまう小さなカフェの宿命で、私は韓国語のノートを広げながら小さく発音練習をしていたのにも関わらず、ついつい負のパワーにひきずられてしまった。コーヒー飲んですぐに帰ろうとも思ったが、なぜ人は悪口を楽しそうに言うのかな、なんてことを考えていたら、これはここで見学させてもらおうという頭にもなってなかなか帰れなくなってしまった。

悪口を言わない人

と言うのは実はすごく希少だと思う。正確に言うならば、悪口で盛り上がらない人、ということか。
ちなみに私の同居人は数少ない「悪口を言わない」人である。彼女は、本人の前で言えないことを他人と一緒に盛り上がらないこと、と心に決めているのだと言う。本人に言えなくてストレスを感じるからこそ、悪口というのは盛り上がるという面もあるのだから、「悪口の快楽」みたいなところに自ら溺れないと自制している、ということだろう。私はこの点で彼女をすごく尊敬している。

そう、他人の悪口には「快楽」がつきまとうのだと思う。
その東大生のグループの例に頼らずとも、私自身だって知っている。誰かのことを徹底的に批判する時には、自分の優位性や正しさや矛盾のなさを信じることができる。ねぇ、そうでしょう? あの人ひどいでしょう? あの人おかしいでしょう?  というような共感は、儚い自己肯定だ。そしてもしかしたら、最もてっとり早く、「連帯」を確認する手段なのかもしれない。今も昔も「問題」であり続けている「イジメ」は小学校だけにあるのではなく、全ての大人が知っているように、どんな小さな組織にもその「芽」はある。陰湿で、他人と違うことに過敏で、自意識過剰で、被害妄想気味のニッポンジン的あり方。今日もどこかのカフェで、居酒屋で、電話回線で、誰かが誰かの悪口を言っている。辛いのぉ〜。爺。

一時間座っていても、東大生グループの悪口大会はおさまらなかった。
悪口に終わりはない。ニッポンジン的もなかなか止められない。
あなたたち!  他人を褒めましょう! 自分を褒めましょう! いいところを探しましょう! なんて立ち上がって微笑んでみたりしはったりしてぇー、なぁんて妄想して1人ドキドキみる。それにしても悪口やイジメを諫める言葉とは、どうしてもだいたいいつも凡庸で陳腐で、みつを的なんだろう。

真実の言葉、心から思う言葉、共感を呼ぶ言葉、というものが出来れば優しいものであることを、私はいつも思っている。思っているけれど、なかなか実際にそうもいかない。人を嫌いになる自分はいるし。人に怒る自分もいる。はぁ? 冗談でしょう? と意地悪な気持ちいっぱいになることもある。そんなネガティブな感情を、他人に伝える必要があるならば、それはどんな言葉で、どんな気持ちで伝えることができるだろう。
カフェの帰り道、韓国語でそういうのってなんて言うのかな、そんなこと言える日が来るかいな、こういうこと韓国語で考えられることも来るかな、来たら面白いな、なんてことを思いながら歩く。人生、修行だ。


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[2008/09/24]
男女平等というルール
[2008/09/17]
ワガママなわたし
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女の候補者
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セックス・アンド・ザ・シティな夜。
[2008/08/26]
ハウスキーパー
[2008/08/20]
オトコジャパン
[2008/08/10]
お久しぶりのご挨拶。
[2008/05/30]
女の罪、男の罪
[2008/05/19]
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