ネコの成長は早いもので、最近、もしかしてこのネコたち、思春期? と思うような出来事がいくつかある。
ウチのネコは二匹とも4月生まれなので、まだ生まれて7ケ月。人間で言えば10歳くらいなのかな。ちなみに私は先週誕生日で生まれて36年。ネコで言うと、300歳くらいかな。300歳と10歳二匹の生活は穏やかに停滞しているのだけれど、最近、ちょっと驚くことがあった。
ある日の午後、私が茶色のネコ(名前はハチと言います。ハチミツのハチです)と遊んでいると、どこからか強烈な視線を感じた。あれ? 痛い! と思い、くるりと部屋を見渡すと、3メートルくらい離れた椅子の陰からオク(もう一匹の黒いネコです。チビです。)が顔の半分をこちらに出し、ジっと様子を伺っていた。
まぁネコも嫉妬するのねぇ、カワイイ! と私ははしゃいで笑っていたのだが、事はもっと深刻なのだった。
その数日後。同じようにハチと遊んでいたら、オクがやはりタンスの陰からこっちをジッと睨んでいた。やっだーオクったら、小さい頃は仲良く三人で遊んでいたじゃないの? さぁ、こっちにいらっしゃい、と呼びかけたのだが、ニャ、と一言言ってどこかへ去ってしった。どうしたの? とオクを視線で追っていたら、こちらに戻ってきて、そして。そして。そして。突然、私の目の前で、ウンコをしたのである。
絞り出すように。3ミリほどの。もし現場を観ていなかったら、ウンコとは気がつかないほどの小さな小さな小さなウンコを。
ネコを飼っている方ならご存知だろう。ネコはあまり粗相をしない動物だ。そして健康な子ネコのウンコは3ミリなんてカワイイものではない。人間のウンコに負けない迫力と悪臭を持つ巨大なものである。もちろんハチとオクも例外ではない。二匹とも大量のウンコを毎日欠かさない元気なネコである。
つまり、オクは生理的にしたいわけでもないウンコをわざわざしたのだ。しかも、先端がクルンと生クリームのようにツンと立っているウンコ。絞り出したわよ、というタイトルがつきそうなウンコを!
これは、どう考えても、嫌がらせである。
それにしても。と考える。ネコにとって、ウンコってナニ?
ふと、以前、隣人から受けた言葉の暴力を思い出した。(詳しくは以前のコラムでね)
「あんたらみたいな人間(レズビアン)は、歌舞伎町に住めばいい!」
「あんたみたいな商売をしている人間は、病院に行けばいい!」
あの時、私は怒りのあまり復讐を考えた。どんな復讐をしたら、この隣人をギャフンと言わせられるかと悪い空想で頭がグルグルした。
「そんなことを言うなんて、まぁお下品なお方ねぇ・・・」
と涼しく笑っていられる高潔な人間ではない私は、半ば本気である友人のアドバイスを実行したらどうなのかと、考えた。アドバイス・・・私の友人(高橋フミコ)は私の怒りに心から共鳴し、そしてこう言ったのだった。
「こうなったら、ウンコをポストにぎゅうぎゅうに詰めたらどう?」
そして私たちは、ウンコがもたらす精神的ダメージについて語り合った。もし自分が同じことをされたときの衝撃を想像して身震いした。玄関前に少しのウンコが落ちていただけでもきっと辛いのに、ポストにギュウギュウだなんて・・・なんて恐ろしいことだろう。この恐ろしさを想像するに、この世の中でウンコを復讐の道具に使った人は、案外多いのではないだろうか? しかしその場合、犬や猫のウンコよりは、やはり人間のウンコの方が迫力があるだろう。それにしても毎日している私たちのウンコ、馴染みのあるウンコがこんなにも人の精神を壊す可能性のある武器であるとは、いったいどういう理屈なのだろう? と。
そんな話をしていた時に、70年代学生運動をしていた友人が衝撃的な話をしてくれた。なんと彼女たちは、学生運動当時、チンコのように石や棒で戦うのではなく、ウンコを丸めて投げて戦った・・・・というのである。(この話はあまりに凄いので、ぜひご本人にインタビューしてさらに深めてご紹介したいと企んでいる。)名付けて、ウンコ軍団・・・。ウンコ軍団の凄いのは、いわゆる暴力とは最も縁遠いところにありながら、相手の力を奪う迫力があり、最も馬鹿馬鹿しいものでありながら、これ以上ないほど平和的な戦い方なのではないかと思わせる点である。ウンコ軍団。乞うご期待!
それにしてもネコの絞り出しウンコである。
オクよ。おまえはなぜ、そのパワーを知っているのだ?
ウンコはおまえにとってはただの生理的な現象ではないのか?
動物にとっては、ただの排泄物なのではないのか?
わざわざ絞り出して、自分の辛さや怒りや悲しさをアピールするためにウンコを・・・するか? ネコが?
私とネコの平和で安定した停滞した生活が賑わいはじめている。
ネコを飼うこととは、私が想像した以上に、愉快で、そして改めて自分と出会う生活なのかもしれんなぁ、なんて思いながら、今日はほぼ一日、ウンコについて考えている。