●その人の呼び方。

前回「ソレ」の呼び方についてちょっと書いた。ので、続き。
ソレ。一緒に住んでいる人。同居人。伴侶。相方。パートナー。恋人。夫。妻。旦那。主人。うちの。愚妻。つれあい。

いろいろと呼び方はあるが、なかなか「しっくり」くる言葉が見つからない。これは、マンコに「しっくり」くる言葉が見つからない、と嘆いている一部のマンコ持ちと同じ悩みだろうか。「マンコ」が差別語だから使いたくない、汚れている言葉だから使いたくない、というのは、私が「主人」が差別的だから使いたくない、というのと同じだろうか。

困るのは、女友だちの「夫」の呼び方である。親しい友人同士だと「あんたのだんなが」とか名前を呼ぶことで通るが、初対面の人や親しくない人で、さらに当人が「うちの主人が」とか言っている場合、「その人」を私はなんて呼んだらいいのだろう、と毎回、困る。「それ以外に該当する言葉がまだ発明されていない、原始的言葉」として「主人」と「オト」として口に出せば良いのだろうか。とも思うが、口に出したとたん、カラダの一部にコケが生えるような感じがして言えない。怖い。
また当人が「うちの相方がさぁ」とか「パートナーが」「同居人がね」とか言っている場合も、困る。
「相方さん」とか「パートナーさん」「同居人さん」とか、丁寧と慇懃の狭間にいるようで居心地が悪い。

ところで、私の「同居人」=モッコちゃんを、私の友人はどう呼ぶか。親しくない友人で、しかし私がマンコ持ちのモッコちゃんと暮らしていることを知っている人たちは・・・。
「みのりが今、一緒に暮らしている人」
である。
「みのりが今、一緒に暮らしている人の仕事なに?」
「みのりが今、一緒に暮らしている人って何歳?」
「みのりが今、一緒に暮らしている人と今度一緒にご飯食べたいな」

長い。説明的。そして改めて気が付くのは「一緒に暮らす」という言葉自体にも、私がどこか嫌悪を感じちゃっていることだ。だって。「一緒に暮らしている」って、なんだか「クロワッサン」みたいな語感なんだもん。清潔で。こざっぱりと。きっちりと。前向きに。生活感溢れることを恐れずに。壁が真っ白な2LDKでしょ!! 人をキレさせるイヤらしさがあるような、気がする。

だって。「一緒に暮ら」してみて気が付いたんだけど。一緒に暮らすって、生々しいんだもん。いつ取り替えたかを互いが分かっているシーツでセックスするのって、いやらしくないですか? 冷たい水で一生懸命ご飯を研ぎ、電気ジャーのスイッチ押してほかのことをしている間、「一緒に暮らしている人」が電子レンジ付けるために電気ジャーのコンセントをなんの躊躇もなく抜いた時に感じる怒りは、とても些末じゃないですか。そして、とても好きだと思いながらも、え、ほんと? この人とこのままずっと生くのかな、共に生きちゃったりするんかいな、という自分へのツッコミを封じ込める、という自分に気が付いた時に、うすらぼんやりとした裏切り感は、自分を苦しめたりしませんか? とてもとても好きだけれど、何のために一緒にいるのか、と考えた時にキューンと苦しくなるような思いは、辛くないですか。そういう感情って、ギョッとするほど生々しくて、もちろん、セックスがなくても生々しくて、人に耐えられる感情なのかいな、と自分を振り返ったりする。それなのに、なぜ人と一緒に暮らすのか? と言えば、この世で一番愛おしいと感じる人だから、という理由しかないけれど、でもそれは「一緒に暮らす」の答えになっていないようで・・・。

で、そんな相手には「一緒に暮らしている人」より「以上」の言葉が必要なのじゃー、と思う。また、「対等感」を演出するための「相方」「パートナー」「同居人」では、やはり「強烈な自我」の存在だけが象徴されて、「二人でいる」ことのドロドロ感が言葉に出てこないのじゃー! と思う。そのドロドロ感をオトにできたら、「一緒に暮らす人」も、もっとスンナリ私の心に入ってくるのではないかー、と妄想したりしている。

とはいえ。今、私は便宜上であるが、なかなかナーイスな言葉を発見した。
「妻」である。
「心のノート」の著者のさちーぬが、「一緒に暮らしている人」のことを「妻」と呼んでいた。その時は、なんで妻? と思っていたけれど、今、自分が「一緒に暮らし始める」と、妻、というのは、生々しさも、絶望も、諦めも、そして色事も、望も、関係性も、未来も・・・それなのにまだ清潔感と、そしてちょっぴりクロワッサンも入っている、便利な言葉のようにも感じるのだ。対等感を演出する気はさらさらなく、役割感がある感じがエロという点は百も承知。そしてもちろん、対する私も、モッコの妻である。

というわけで。私はモッコちゃんを妻。と呼び始めている。友だちにも「妻です」と紹介する。
が、困ったことにモッコちゃん自身はいやがっている。「パートナー」と呼んでほしいとか言うのである。
そんな80年代的な言葉、私は使いたくない! と私は拒否している最中である。

まだまだ課題がいっぱいある、モッコちゃんと私だ。


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男女平等というルール
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オトコジャパン
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女の罪、男の罪
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