●『プラダを着た悪魔』

『プラダを着た悪魔』という映画を観てきた。ファッション雑誌の編集長と新人女子の関係を軸にした物語。悪魔のような命令を次々と出す編集長役がグレン・グロース・・・と思いこんで観に行ったら、メリル・ストリープだった。意地悪な女上司・仕事ができる女、というのはすべからくグレン・グロースが演じるもんだと思ってたのに。しかし、似てたなぁ。映画が終わった後、一緒にいたモッコちゃんに「似てるねー」と言うと、「なんのこと? あの人、危険な情事の人だよ。」とすましていたので、もしかしたら数百人に一人、最後までグレン・グロースだと思いこんで見終わる人がいるかもしれない。

グレン・グロースと言えば、「危険な情事」「白と黒のナイフ」「彼女を見ればわかること」「ステップフォード・ワイフ」などに共通する、仕事はできるがひどく孤独で男がたまらなく欲しい・・・という、「勉強できる女はブス」「女はみんな男の愛を求めている」という男たちの変わらぬ妄想を一手に引き受けてきた女優だった(決めつけ)。

不倫しただけで殺されてしまう80年代のキャリアウーマン(『危険な情事』)から、夫とその不倫相手を殺す00年代の天才科学者(しかし最後は死ぬ)(『ステップフォードワイフ』)と、グレン・グロースの役どころは変わらずとも、その設定には時代背景が見え隠れする。グレン・グロースを観ればアメリカのフェミが分かる、というもんだっと思う私はグレン・グロースウォッチャーである。なもので、『プラダを着た悪魔』は、グレン・グロースが「上司」として「女部下」を持つ珍しいパターンだわ! と張り切って映画館に向かったわけだが・・・しつこいが、グレン・グロースじゃなかった。そして、とても良い映画だった。

女同士が闘わなかった。上司と部下が闘わなかった。男を巡る争いもなかった。冴えない男たちがチラホラ見え隠れはするが、物語の核はそこにはなく、「仕事」で理解しあえる女たちのつながりが、強く描かれていた。

さらに。「ファッションなんて」とバカにしていたジャーナリスト志望の主人公が、どんどんどんどん「仕事への情熱」のためにオシャレにキレイになっていく物語って、そういえば、あまりなかったんだなぁ、と改めて気が付く。「マイフェアレディ」から「プリティーウーマン」まで、男の金の力でファッションセンスを磨く女はいたが、女上司に認められたくてキレイになる主人公なんて、なかなかお目にかかれなかったよね。

結果的には彼女と上司は決裂する。それでも、「仕事」での信頼は、互いに壊れていない。そこがまた凄い。
「あんな悪魔みたいな上司だったら大変だな」
とか言う男に対して、主人公は
「もし彼女が男だったら、有能な人って言われるでしょうね」
と反発し。上司を裏切るような男は、例え情熱的なセックスで盛り上がった後でも瞬発力でバイバイできる。一方、上司も彼女への信頼が厚い。最後のシーンは・・・・観て! 泣けます。チャングムとハンサングン様(すみません。チャングマーにしか分からないね)は世界中に・・・女の先輩と女の後輩の物語は、あちらこちらにある・・・のだと信じられる。

映画を見終わった後、「やっぱー、こういうのじゃなくっちゃねー、女が女裏切ったり、男で泣かされる映画なんてもーみたくないよねー! いえーい!」とモッコちゃんと二人で盛り上がっていた。チャングム! ハンサングンサマ! 悪魔サマ! とはしゃぎながらエレベーターに乗りこんだら、女の人が一人ケータイ電話で必死に謝っていた。同じ映画を観ていた人だ。「ごめんごめんごめん、すぐに帰るからー」彼女は何度もそう謝っている。多分、同世代。電話の向こうの相手はすごく興奮しているみたいで、狭いエレベーターの中、私たちにも声が聞こえてしまった。「餃子買って来いよな! 早くしないとオレもじゃらかちゃらもじゃら!」 餃子買ってこい、だけしっかり聞こえた。とても威張ってた。

深夜の映画ロードショー。楽しい映画を観た後に、必死に謝るマンコ持ち一人。いろいろ事情はあるのだろうけれども胸の奥がヒンヤリする。彼女の手から電話をもいで、「ねぇ餃子男さん?   映画の後なのよ。餃子のことなんか考えたくないわ。帰りの遅い女を当然のようにしかりつける間抜けさを、一人でどうにかしてみたら? 女に罪悪感持たせずに、一人で餃子を楽みなさい。」とメリル・ストリープ風に言ってみたらどうなるんだろう・・・なんて考えながら少しドキドキした。

何回か前のコラムに「ガラスの天井はなかった、と言っていた女の人がいた」みたいなことを書いた。
プリンターなどで有名なヒューレットパッカードの会長になった女性の言葉だ。今日、テレビを観ていたら、彼女が会長職を降ろされていたことを知った。役員会の裏切りのような形で、ある日突然辞めさせられたのだと、テレビで話していた。
「女の私のメンツを男は考えない。男はいくら相手を憎いと思っても、相手が男であればメンツを考えるものだ」
会社への多大な貢献をしたのにもかかわらず、会社から追い出す男ような形で彼女は退社させられていた。「ガラスの天井はなかった」と言い切った人であったのにもかかわらず、「もし私が男だったら・・・」という「イフ」がつきまとうのだと思うと、「男社会」で仕事をする限り、女は味わっていかなければいけない試練なのかよ・・・と愕然とする。

世の中には餃子男がうようよいる。できる女に嫉妬する男がうようよいる。それは私が女だからか? と猜疑心に固まるような瞬間を、女であれば誰でもいくつか知っている。そういう社会だ。
だからこそ。夢のような話かもしれないけれど。女たちが仕事を通して、互いを信頼できる、互いを高めあえるような関係がたくさんあればいいのに、いっぱいあればいいのに、そのことを信じられたらいいのに。と、何度も何度も思う。そのことを、夢でもいいから、信じさせてくれるような物語を、私はもっと知りたいよー、と思う。


INDEX
[2008/10/01]
愛せない、という罪悪感
[2008/09/24]
男女平等というルール
[2008/09/17]
ワガママなわたし
[2008/09/09]
女の候補者
[2008/09/02]
セックス・アンド・ザ・シティな夜。
[2008/08/26]
ハウスキーパー
[2008/08/20]
オトコジャパン
[2008/08/10]
お久しぶりのご挨拶。
[2008/05/30]
女の罪、男の罪
[2008/05/19]
母としてのわたし
北原みのりの書籍はコチラ
これより前のコラムを見る
▼コラム一覧へ戻る  ▲topへ