●権力の頂点

2月13日の国会中継。安倍首相が亀井静香の質問(週刊誌に書かれたことが事実でないのなら、週刊誌を訴えるべきだとかそういう内容)に、こう答えていた。
「私は今、権力の頂点にいるものとして・・・っ・・・うーあー・・・一つの週刊誌を訴えるようなことはしない」

「権力の頂点にいる」そう言いながら安倍氏は一瞬、「つ・・・」と口ごもった。それは、”しまったっちゃった、おれ?” ・・・というようにも見えたが、他に代わる言葉を思いつかなかったようで、もじゃもじゃ言いながら答弁を終わらせていた。そしてその答弁の後、亀井氏はおろか、その場にいた政治家たちは誰もヤジを飛ばさず牛歩も起きず(いつの話だ)、しずかーに国会は幕を閉じてしまった・・・・
残されたテレビの前。「あれ?」という私の気持ちだけが、シーンと残った。

権力の頂点。

こりゃー大変なことになるよ、と思った。「女性は産む機械」というのもぶっ飛ぶよ。安倍政権、終わったよー!! どきどきして他のチャンネルを見ていたけれど・・・あれから24時間。安倍政権は安倍政権のままのようである。そうか、日本の首相は「私は権力の頂点にいる」と自分で言ってもいいのか。

私は時々、自分が知らない間に時空がずれたところに転送されていて気がつかずに生きているだけなんじゃないか・・・というような妄想を持つことがあるが、それは妄想ではなかったんじゃないかと、手の甲と平を交互に見る。私が以前住んでいた星では、国の長が「私は権力の頂点にいる」とか言ったら、笑われたり、怒られたり、辱めを受けることが免れない「常識の空気」があったような記憶があるのだけれど・・・。

だって。「権力の頂点」と聞いて連想するものは。
例えば始皇帝だ。例えば皇帝ネロだ。例えばルイ14世だ。例えば金正日だ。例えば連続保険金殺人犯の八木だ。スーパーフリーの和田だ。例えばセックス宗教の教祖だ。悪い顔した日銀総裁だ。例えば万俵頭取(@華麗なる一族)だ。欲望と因業と陰謀蠢く組織で圧倒的な力を持つ独裁的存在だ。そういうのを、一般人は「権力の頂点」と言うんだ。言っていたんだ。

しかし。「権力の頂点にいる」と言った時の安倍氏には、その言葉を「否定的」に使っている雰囲気はなかった。その言葉の滑りの良さから推測するに、とっても素直に朗らかに「私たち一族は権力の頂点にいるんですね。おじいさま」とか思ってるのだろうな、と思われる。

この言葉の違和感を分解するならば、「権力」の方ではなく「頂点」の方だ。
頂点とは、一番高いところ、である。頂の点、である。物理的にも、精神世界的にも、ピラミッドの形をした物体・組織の一番上、である。
もし安倍氏が「私は権力の長にある」と言えば、私はこんな風な違和を感じない。「長」とは組織の最高の地位、という意味がある。事実だと思う。
でもしかしだが。頂点には「地位」とか「役職」の意味、ないよ。(少なくとも私の知っていた国の言葉にはない) その言葉を「物理的」に使わない時は、純粋にイメージ世界の言葉だ。だからこそ、女たちを支配し友人を殺した八木は「権力の頂点」にいたようにうつるんではないの。だからこそ、国民がみんな高々と手を挙げなければいけない指の先・・・頂点にいるのが金正日なんじゃないの。(”長”ではあるが”頂点的”である男)
安倍氏は、「権力の頂点に自分がいる」と自ら言った。考えれば考えるほど、大変な失言のようにも思えてくる。

子供の戦争ごっこのように「ボクが権力の頂点だー」と小さな丘の上で拳を振り上げている半ズボンをはいた小さなお坊ちゃま。それが、安倍氏の本当の姿。
私は権力の頂点にいる・・・。
大人が言うにはあまりにも恥ずかしく、みっともない言葉のように思う。ましてや国の長が言うのならば・・・大変危険な言葉でもある。

おまけ
権力:他人を支配し従わせる力。特に国家や政府が国民に対して持っている強制力。
(大辞林第二版1999年発行)


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