雨。
友人からのメール。「今日はお出かけ? 」
自慢ではないが、私の「雨女」度はかなり高い。大切な日には、たいてい雨が降る。今日は、楽しみにしていた日だった。何を来て行こうかな・・・っ、とウキウキするほど、大切な日だった。
楽しみにしていた林間学校のキャンプファイヤーが、室内でロウソクを眺める会になった夜。”自分に挑戦”と臨んだ長距離マラソンが、”自然に挑戦”となってしまったあの辛い一日。爽やかな夏の思い出となるはずだった北アルプス登山旅行が、命の危機・脱出・そこで生まれた友人との絆・・・という重厚な思い出になったことも・・・。
自意識過剰な女の戯言と聞いてください。
私には・・・たぶん、あれが雨女になるきっかけだったのでは・・・と思う出来事が一つだけある。
春か、夏。私は4才か5才。まだ幼稚園に通っていて、その日は隣のセイジ君の家にいた。セイジ君のお母さんは「奥様は魔女」に出てくる近所のオバサン(この人だけが、サマンサが魔女だってことに気がついているんだよね。でも誰にも信じてもらえず、ただ頭がおかしな人ってことになっている。ひどい設定・・・)に似ていた。顔というよりは、どこか「浮いている」感じが、似ていたのかもしれない。ちょっと変わった人だった。
そのセイジ君ちで私は母の帰りを待っていた。団地だったのでセイジ君ちは、ちょうど私の家とすべてが左右対称。玄関に入るとウチは右にトイレがあるのに、セイジ君ちは左で、いつもは左に向かってリビングに入るのに、セイジ君ちだと右に歩かなくちゃいけない。セイジ君ちの玄関で、私は少し酔うような感じになるのだった。その日も、台所に向かって座ると右側に見えるはずのいつもの木を左側に意識しながら、セイジ君のママが作る蒸しパンを食べていたのをよく覚えている。
どういう流れだったか。セイジ君のママが「テルテル坊主を作ろう」と言った。雨だったのかな。それからあっという間に机の上に木綿の白い布が出てきて、それをセイジ君のママがチャチャチャと切ってくれた。あれは、確か丸めたティッシュを布でくるもうとしていた時だったと思う。セイジ君のママが当然のようにクイと私に何かを差し出した。「これ頭に入れて。そうしたら効くから」 渡されたのは、鼻くそ、みたいなものだった。小さな黒いネバネバした粒。まさか鼻くそなわけがあるまい・・・わけが分からなく混乱した。それでも私はすぐに分かったのだ。「これは魔法の実」だ、と。そして恐れた。「これは呪術だ」 呪術、という言葉はもちろん知らないが「そのようなもの」と世界を完璧に理解するように、理解した。つまり、「テルテル坊主づくりは、軽々しくやってはいけないことなのだ」と。
その時だった。ドスン! と大きな音が部屋中に響いた。
一瞬にして、肝が冷えカラダが堅くなった。明らかに、それは異常な音で、あってはならない音、に聞こえた。母がいない心細さもあったのかもしれないが、その音は「不吉」というものを音にしたらそういう音でしかない、というように私の心に響いた。怖すぎて泣くこともできずに手を止めて固まっていたら、セイジ君のママの凍り付いた顔が目に入った。そのことが私の恐怖をさらに深めた。セイジ君ちに完璧な静けさが流れた。全ては左右対称の世界。怖かった。テルテル坊主は私にはもう、不気味の象徴でしかなくなっていた。
私の記憶はそこで止まっている。あの音がなんだったのか、分からない。本当に、分からない。地震でもなく、何かが落ちた音でもなく。あの空間だけが、ガタンとどこかに落ちた、ようなそんな瞬間だった。ずいぶん後に「ポルターガイスト」という映画の噂を聞いた時(怖そうだから観ていない)、テルテル坊主とあの音を思い出した。ああ雨でよいです、雨でよいです、存分雨を降らしてください、生涯テルテル坊主はつくりませぬ・・・あの日、私はそう心に誓ったのだと、急に記憶がよみがえった。
というわけで、私は雨女なわけです。楽しみにしている日は、たいてい雨なのです。
・・・と、友だちへの返信のつもりで、雨の夜、書いている。
外は雨の日ならではの、道路の音。いつもは憎々しく感じる車の音も、雨の日はどういうわけか「お気をつけて」な優しい気分になる。雨の日にとくべつ優しくなれるのも、雨女の特徴だろうか。
それにしても、子供の頃の「わけの分からない魑魅魍魎な日」というのが、なんとなく全ての原点であるような気がするのは、いったいどういうわけだろう。皆さんにも、そんな日、ありませんか? 説明できない、あの日の不思議。世界がまだまだ分からないことだらけの、あの小さな日々の・・・。