1月から「週刊金曜日」で毎週書評をさせていただくことになったので、このところ、読書量がグンと増えた。書店に行く回数もグンと増えた。
先日、レジ精算していたら、入り口からズンズン脇目もふらずまっすぐ入ってきた男性がいた。その人は、はぁはぁ息を切らしながらレジに向かってきて、思い切った、というような調子で店員にこう尋ねた。
「恐れいります。頭の回転が良くなる本、ありますか?」
男性の半径3メートルにいた人全てがこの会話の行く末を見守っているような静けさが生まれた。人々の意識が集中する、とはこういうことなのかと私も聞き耳たてながら思う。すると店員がこう答えた。
「大人がですか? 子供がですか?」
おっ! そういう可能性もあったのか! 聞き耳たてている人々の肩がピクリと動いた(ような気がした)。みんなの意識は一つになり共同体としてもりあがったようだ。
男性は答えた。
「私が、です」
あー! やっぱりそうかー! 「聞き耳集団」はさらに店員の答えを待つべく静けさを保ちながら意識をピクピクさせている。
そして、みんなの期待を受け、店員は答えた。
「はい。大人のドリルは三階にあります。」
急いで三階に駆け上がっていった男性は年の頃30代後半。ホコリもフケもネコの毛もついていなさそうな清潔な真っ黒のカシミアロングコートを着た、お金持ちの匂いのするサラリーマンだった。
私もその後、頭の回転がよくなる本を探しに行った。知能テストや、クイズや、数字の問題や・・・そんな本が平積みになっているコーナーがあった。コーナーの前にはさっきの男性はもういなかったが、数人のサラリーマンが必死な顔で本をぺらぺらめくっていた。みんな、頭が悪くなっちゃって大変なんだね、頭の回転がよくなくちゃ仕事にならなくて大変なんだね、と他人ごとと断定して家に帰ったら、もっこちゃん(私の妻)が、「最近、頭が悪くなっちゃって」と大人のドリルを真剣な顔でやっていた。
その晩は、もっこちゃんと二人で、大人のドリルをやった。
マッチ棒を2本ずらして円をつくってください。
日本で一番大きな県はどこですか?
同じ形のものはどれですか?
やりながら、「頭の回転がよくなりたい!」と必死な顔をしたサラリーマンも、今頃マッチ棒と格闘しているのだろうか、と思う。隣ではネコが二匹、お腹出して寝ている。人間の課題はいつもいつも新しくやってくるものだねぇ、なーごなーご、ネコになりたい。
ちなみに、最近どの書店でも大きなコーナー(しかもどんどん拡大しつつある)を占めているのは「スピリチュアル系」だ。幸せになるためのスピリチュアル掃除方法みたいなものから、インドの本格派スピリチュアルブックまで。そこはまるで初心者から上級者まで集う精神世界のコーナー。90年代前半にもこういう「ブーム」はあったが、地下鉄サリン事件で一気になくなってしまった。それでもあの事件から10年。いまあの時代を上回る、空前のスピブーム。
きっとそのうち、「波動がきれいになる本を下さい」と本を求める人も出てくるかもしれない。会社で「あんた波動が乱れている!」と怒られる人も出てくるだろう。「あの人、イヤな気がでてるからつきあいたくない」と虐められる子もいるかもしれない。読むだけで気がキレイになります! みたいな本も・・・もうあるのかな、と思っていたら、家に帰ったらもっこちゃんが大きな声でお経をあげ、家を必死に掃除していた。「掃除しないと、家の波動が乱れ、気が濁るんだって!」
私たちは、いったい、何に動かされているのだろう? とりあえずその晩は、「気が汚れるだって? そりゃ大変だ」と私は叫び、もっこちゃんと一緒に掃除をした。