感情労働、という言葉がある。
私、コレってフェミ用語だと思ってた。
女ばっかりにニコニコさせてんじゃねーよ、とか言う意味だと思いこんでたんだけど、違うんだね。数週間前、AERAで「感情労働」の特集やってた。
”「肉体労働」「頭脳労働」と並ぶ言葉で、人間を相手とするために高度な感情コントロールが必要とされる仕事をさすものだ。1980年代に、アメリカの社会学者が、当時の航空会社の客室乗務員の労働実態を、典型的な「感情労働」であり、「感情の搾取」にあたると指摘。まず、社会学の用語として広まった。 ”(AERA07/06/04)
へー。
で、AERAではこんな事件を取り上げ、最近の「感情労働」の実態をジャーナリズムするのである。「感情の搾取」だ、と問題提起するのである。
例えば。客を殴った駅員が諭旨解雇された事件が数ヶ月前に起きた。駅員はキセルをした客を事務室に引き入れた。客は駅員に暴言浴びせ、ツバを吐いた。駅員は怒りのあまり、客の顔を殴った・・・。
・・・。私、この例、分からない。人を殴ったら、おしまいじゃん。解雇なんて当然じゃん。諭旨解雇でよかったね、懲戒処分だって文句言えねーよ、って思っちゃうもん。違うの? いくら腹が立っても、とっさに手が出ちゃう危険な人、私が社長だったら辞めさせるけど?
労働者だって、人間だぁ。なんてのは当たり前の話で。不愉快な客に苛立つこともあるでしょう。ラブピースクラブにも来るよ、不愉快な人。男一人でやってきていきなりチンコ出した奴とかは、蹴りあげるよ。暴力振るうよ、私。あ、言っていることとやっていることが違うわ。でも、不愉快なことを言う人はお客じゃないから、帰ってもらうよ。それでいいんだよ。ガマンしなくて。あれ。言ってることが矛盾してるわ。
もとい。それでも「感情労働」という言葉で、この駅員の「行為」が正当化される感じって、なーんかイヤなのよねぇ。「オレの感情はどこにいくのだ」なんて胸を張るようなオバカさ(当事者の駅員はこんなこと言ってないけど)、「感情の搾取だ!」(同様に当事者はそんな言葉は使ってないけど)なんて正義ぶる感じのセコサって、身震いしちゃう。バカでセコイって最悪。これって、労働者の「権利問題」の話なの? 本当にそうなの?
AERAの記事は、最近のお客の度を過ぎたクレーマーぶりも紹介している。コンビニで何でもそろう便利な社会、ちょっとでも言葉使いがヘンだったり、ちょっとでも不都合があると、異常なキレ方をする客が増えているんだって。そんな客にまで労働者はまともに対応しなくてはいけないのか? と。で、記事の落としどころとしては、超消費社会になったことで、消費者の意識が変わり(暴力化し)、あらゆる職種に「感情労働」が求められ過酷・・・という話。なるほど。昔は女にしか求められなかったニコニコを、今は男もするなり。で、大変だ、という話? 男が辛くなると、なんでも社会問題になるね。
でも。敢えて「労働問題」から離れて考えれば。客もヘンなら、働いている側も、ヘンになっている実感、私にはあるんだけどな。
例えば、先日のこと。その日届くはずの荷物が届かないので、通販の会社に電話してみたら、こう言われた。
「佐川急便様は明日中に届くとおっしゃっています」
思わず、私、反射的に言っちゃいました。
「この場合、佐川急便に“様”つけるの、ヘンじゃない?」
で、その人の答え。
「あ、すみません。ですから、佐川急便様が」・・・。
あーら、この人ったら、私の話を聞いちゃいない! というよりも、妙なイチャモンをつけた客(私)=クレーマーと決めたのか、その後、一方的に同じようなことをテープのように繰り返すのだった。
私「明日、何時に届くかだけでも分からないですか? 明日午前中に必要なものなの」
お店「ですから、佐川急便様は明日中に届くとおっしゃっています」
私「注文する時、今日か明日の午前中までに届けて下さいとお願いしましたよね。時間指定はして下さらなかったの?」
お店「ですから、私の申し上げることを、聞いていただけますか?」
私「・・・はい」
お店「佐川急便様は、明日中に届くとおっしゃっています」
私「佐川急便様って言わないでーーーー!」
私、世の中は狂ってると思った。だけど、電話口の人は、私のことを狂っていると思っただろう。だからだと思うけれど、丁寧な言葉使いは最後まで変わらなかった。丁寧に丁寧に私を納得させようとしてくれた。
ああ、感情労働と話がずれてきた。新たな怒りが戻ってきたよ。
でもね。なんだかね、最近ね、色んなことがズレているような気がするんだ。私が社会とズレている、という感じも十分に味わっているけれど。みんながそもそも「社会」とズレていようがどうであるが、気にもかけていない感じ。だれとどうズレていようが、自分が損なわれることだけにしか、気を向けない感じ。誰もが誰をも誰の言葉も聞かない。なぜなら自分が損なわれるのがイヤだから。怒りには怒りをむける。なぜなら自分が損するのがイヤだから。無関心には無関心で返す。なぜなら本当に無関心だから。暴力には暴力で返す。なぜなら自分だけがガマンするのが馬鹿らしいから。狂ったクレーマーにはマニュアルで対応する。なぜなら文句を言うのは狂っているだけだから・・・。
というような、不気味な空気感、ない? すっごくない? 私、感情労働が云々とかバカみたいに言っている場合じゃないくらい、いろんな「人間関係」が壊れているんだなぁ、って感じる。言葉でつながるその場だけの関係、みたいなものの積み重ねも、立派な「社会」だとしたら、そういうものが全くなくなっちゃってるような恐怖を感じる。誰の言葉も聞かない。他人の言葉の多くは自分を損なうものとして、受け取られている・・・。
なぜ男がツバを吐いたのかは分からない。
駅員がその男にどんな態度を取ったのかも、分からない。
でも、そこにどんな「言葉」が交わされたのかを、考えてみる。
交わされるべき「言葉」がそもそもあったのか、考えてみる。
相手に伝えるための言葉を交わすことに、人はもう絶望しきっちゃって、手を出す、ツバを吐く、そんな風になっちゃってるんだろうか。もしくは、ずっと意味不明な丁寧語でテープのようにしゃべり続けるとか・・・。言葉なんてものに、意味はないのかしらん。
「感情労働」なんて言葉で、自分の損なわれる感を訴えるよりも、何か別の道にいった方が良いような・・・そんな気持ちになっちゃうんだけどね。感情労働・・・。私は、とにかく、丁寧語をしゃべればいいんでしょ、というような店員が、気持ち悪いです。サマサマサマ様。