年末・年始のスペシャル企画。ラブピースクラブリレーエッセーです。
コラムニストのみなさん! ラブピースクラブという、”偏った”場で書いて下さることに心から、ほんと、心から感謝しています。言葉のやさしさや力を感じられる、そんなコラムをいつもありがとうございます。みなさんと、そして読者の方々と、何かつながれるような何か・・・と思い企画したリレーエッセーです。
ルールは一つ。次の方に「質問」をする。あ、あと一つ。締め切りは守る(笑)。
それでは私から。始めます。今年最後のエッセーです。次のフジモトマミさんにつなげます。
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去年の今頃、私は韓国語に夢中でした。韓国語を教える爺とゴミ屋敷の中で繰り広げられた・・・アンニョンハセヨの日々。爺はとても熱心に私に韓国語を教えてくれました。爺は今にも崩れ落ちそうな三階建てのビルに住んでいて、ビルの入り口のペラペラのドア(ビルなのに、トイレのドアみたいな簡単なドアしかついていない)の前に、”韓国語教えます” のチラシを常に7枚、お菓子の箱を切り抜いたケースに入れて置いていました。 それは必ず7枚でした。
「このくらいの数が適当なんです。いっぱいあると、目立たない。2,3枚だと、これも目立たない。このくらいの数だと、ちょうどいいんです」
そして私は爺の巧妙なチラシ戦略により、一本釣りされたのでした。爺のチラシを手にとり、ビルの扉をあけ、ボロボロの階段を上り、家にいながら新聞紙の上に寝ている、韓国語を教える爺と出会ったんでした。
唯一の生徒だった私に、爺は熱心に韓国語を教えてくれました。爺は教え方は巧かった、と思う。私の韓国語は・・・0からスタートした割には上達したことは間違いなのだから(だって、ハングルが読めるんだから!)。そして爺は、私の上達に目を潤ませるんでした。
「韓国語、上手ですね。いったい誰に習ったんですか?! と驚かれる日が来ますよ!」
その瞬間、栄養不足に違いない爺の細い体の中心に一本、何か力強いモノが走るかのようにピシャンと背筋が伸びるんです。その瞬間だけじゃない。私が韓国語をキレイに発音した時も、爺は鼻の穴をプーと膨らませ、背筋シャンとしするんでした。
爺が、誇り高き韓国語教師になる瞬間。
ああ、それなのに!!!!
私は爺から逃げたんでした。
なぜか。
自分でも不可解なのですが、それは突然、なのでした。ある日、突然、爺が負担だ、と感じたのでした。積み重なっていたのに無視していた爺への思いが、ある日突然、言語化されてしまったように、私は爺の元へ行かなくなりました。ランナウェーだ。私は意図的に爺から逃げました。爺は焦り、毎日のようにファックスを送り続けます。テレビでウツミミドリが韓国をしゃべっていた負けないで。クサナギ君の韓国語は下手です。あなたはもっとうまくなる。韓国語をしゃべる礼儀の心があなたにはあるのです。・・・・
追いかけられるとますます逃げたくなる。寒い家に住んでいる、貧乏で、ボロボロの服をまとった、私を生き甲斐にする爺から逃げたくなる。爺がどれだけ私を必要としているかが分かっているだけ、逃げたくなる。爺が嫌いになったわけじゃないのに、これ以上、関われない、と思う頑なな私の気持ち。韓国語は習いたいのに、これ以上爺に会いたくないと決めた私の揺るがない気持ち。自分の冷淡さに驚きながらも、私は爺からのファックスをひたすら無視しました。
しばらくして。爺からのファックスは途絶えました。爺は私のメッセージをしっかりと受け止めたのでした。爺からのファックスが完全に消えた、と理解した日、私は何か重いものをドッシリと背負ったような気持ちになりました。
先日、久しぶりに爺のビルの前を歩きました。ビルは売りに出されていて、もちろんドアの前のチラシもありませんでした。
最後に会った日、爺が私に言っていたこと。
「もうじき、このビル、取り壊されるんです。私は、行く場所がありません。お金もありません。2万円、貸してくれますか?」
お金を貸してくれと言われたからいやになったわけじゃない。授業料のチケットをごまかされたからいやになったわけじゃない。でも、爺の重さを、「韓国語教師」としての爺以上に感じたくない、と思う自分がいました。爺は、貧乏で、ひょうひょうとして、韓国語に夢中に生き続ける人・・・そんなファンタジーを私は爺に持っていて、そのファンタジーの中でだけ付き合いたいのだと思っていたのだと思います。なんて身勝手な考えだとは思いながらも。
爺がいると分かっている頃は、爺に出会わないように、そのビルの前を歩くのを避けていました。爺に突然会うのが怖かったから。でも、もう、絶対にいないと分かる廃墟になりかけているそのビルの前を歩くと、また違う怖さが自分の内側からゆっくりと溢れてゆくように感じています。その「怖さ」、というのは、何かが終わることへの恐怖なのかもしれない。自分の冷さに対するウンザリから来る怖さかもしれない。どんな関係にも蜜月はあるけれど、その蜜月が全て終わりに向かっていくことが定められていることへの、怖さかもしれない。真実を見たくない、と思うような自分の弱さかもしれない。
・・・・と。すみません。マミさん。くらーいエッセーになっちゃったね。私は、自分が感じる恐怖の正体を、もっともっと知りたい。そんなことを考えてます。寒い寒い、2007年の大晦日。爺は、まだ、ファックスを持っているでしょうか。電話線がつながる所に住んでいるでしょうか。爺の電話番号は、まだ私の携帯に入っていますが、なかなか消すことができません。
マミさんへの質問です。
マミさんが、今、恐れているものは、何ですか?