●オトコジャパン

以前、買ったばかりのノート型パソコンにコーヒーをこぼし、一瞬にして20万円近くを泥に捨ててしまったことのある私は、それ以来、機械に水をこぼしてはいけない、を鉄則にしていたのだけれど、先日、また、やってしまった。今度はノート型ではなくデスクトップで被害はキーボードだけだったのだが、”水はダメ!”とインプットされているので、コーヒーをこぼした瞬間、瞬時にキーボードをひっくりかえしボンボンとキーボードの背中を叩いて(喉に食べ物をつかえた人の背中を叩くように)キーの間に挟まった水滴を落とした。さらに業務用のドライヤー(発送作業に使う、強烈な熱風が出るもの)をキーボードにあてて即座に乾燥させた。さぁ、これで、水の浸食を防いだわけだ! と意気揚々とキーボードを表にした私の目に飛び込んできたのは、熱風でドロドロに熔けたキーだった。OとIとUとKが完全に姿を消していた。

本当に悔しい思いでソフマップに行った。つい先日、シンガポールでケータイをなくしてしまった時も、同じような”まぬけ”ぶりだった。空港のゲートで搭乗を待つ間、ケータイで知人と話していた。なんだか楽しい会話だったのでちょっとふんわりとした気持ちでケータイを切り、紙袋に入れたことを覚えている。その紙袋は空港で買ったサングラスが入っていた紙袋で、そしてケータイで話しながら私はサングラスを紙袋から取り出していたのでもう紙袋は必要ないな、と搭乗する前にゴミ箱に捨てたことも覚えている。紙袋にケータイを入れた行為と、紙袋を捨てた行為が直線でつながっていることが私はなかなか納得できなくて、シンガポールの落とし物係に何度も何度も何度もシツコク電話したのだけれど。ゴミ箱に捨てられたケータイが出てくるわけもないのだった。

というわけで、自分のまぬけのツケを払うためにケータイとキーボードを買うはめになったのだけれど。今回、書こうとしているのはそういう”まぬけ”の話ではない。

キーボードを買いに行った私は、店の一階を一通り見渡してキーボードが見つからなかったので、近くにいた店員に、
「キーボードはどこで売っていますか?」
と聞いた。その人は指を二本つきだして、
「2Fです」
と教えてくれた。階段で二階に行くとそこは周辺機器売り場で、キーボードはみつけられなかった。また店員に、
「キーボードはどこですか?」
と聞いてみると
「Macのですか?」
と聞かれた。その店は「Mac専門店」である。なんとなくいやな気持ちになりながら「そうです」と答えた。コンピュータ関係の買い物をする時にたいてい味わう屈辱。「女の人はよくわかっていないから」という無自覚の視線や言葉を投げかける店員の数はなかなか減っていない。そしてその店員は
「3Fです」
と指を一本天井に向けた。階段でまた一つ上にあがるとそこは中古機器売り場で黄ばんだキーボードがいっぱい並んでいた。リサイクルは大切だろうが、毎日触るキーボードは新しいものがいいと思い、またそばにいた店員に聞いた。
「新しいキーボードはどこに売っていますか?」
すると今度はこう言われた。
「キーボード、それは、コンピューターのですか?」
古いキーボードを売っている前で聞いているのに、音楽関係のキーボードだと思われるのは何故なのか。憤慨している、という調子で
「はい。コンピュータのキーボードです」
と言ってみると
「1Fです」
と言われた。
登ってきた階段を降り、!Fにたどり着いた頃には私はかなり凶暴性を内に潜めてしまっていた。ささくれだった気分でまた店員に聞いた。
「マックで使う、新しい、キーボードは、どこで売っていますか?」
すると店員は、
「ちょっとお待ちくださーーーい。おしらべしまーぅす」
とどこかに行ってしまった。不安になった。今の時代は”キーボード”を”キーボード”と言わなくなっているのだろうか。スパッツがいつのまにかレギンスになっていたように、キーボードももっとオシャレな名前になっているのか・・・がくん・・・と脱力し、文字通りへなへなとしゃがみこみそうになった時、ようやく、私の目にマック純正の新しいキーボードが目に入った。”keyboad”と書いてあった。ほっとしている自分を情けなく感じながら、やっと出会ったキーボードを抱きかかえレジに向かった。その時「おしらべしまーぅす」と奥に消えた男が戻ってきた。そして私と私が手にしたキーボードをみると、こう早口で聞くのだった。
「あ、みつかりましたか。お客様は、マックをお使いでしたか?」
内なる凶暴がもう火を吹き始めていたのだけれどそれを私は必死に抑えながら、会計を済ませて外に出た。外に出た瞬間にオジサンがどんとぶつかってきて、謝るどころか、チ、と言ってかけていった。あ、すみません、と言いかけた自分に対する怒りも合わせて、追いかけて背中に飛びかかろうかと思った。

いったいこの不自由さに名前をつけるとしたら、何なのか? ということを考えながら家に帰った。もちろん、のことだが、こういう類のストレスには”親しみ”があるのである。親しみはあり、あ、またか、と思うのに、ただ慣れないのである。過剰に親切で、過剰に他人に無関心、言葉に意味はほとんどなく、迷惑をかけられないように、迷惑をかけないようにを最大限に気をくばりながら、相手に失礼がないように、細かいところに目を配るように見せかけて、実は大変ないい加減さ。そして最大のストレスは、女に対して失礼な男のあまりの多さ。(コンピュータ系ショップに限らず!)

いやな気分で家に帰ってテレビをつけたらオリンピックのニュースばかりが流れてきた。なんとかジャパン、なんとかジャパンと得意げに連呼される名前が全て男だということ(女の人もいるんでしょうか。耳に入ってこないだけでしょうか)に猛烈に腹がたつのは、まぁ常識的な感情よね、と自分を慰めながらこの国を男ジャパンと名付けよう、と決めつけてみた。ああ、そっくりだ、男ジャパン。と意味もなく声に出して騒いでみたら、なんとなく正体が見えた気分になる。なにがソックリなのか、どんな正体かは、わからないまま、名付けるとストレスの正体がクッキリみえて、そして薄まるような気がするのは不思議だ。
今は、新しいキーボードを打つのは快適だ、とパチパチ、打ってみている。
もっと、もっと、名前を考えて、お前に正体を与えよう。オトコジャパン。と打ち込んでみる。マックの新しいコンピューター用のキーボードで。


INDEX
[2008/11/06]
チェンジ。
[2008/10/01]
愛せない、という罪悪感
[2008/09/24]
男女平等というルール
[2008/09/17]
ワガママなわたし
[2008/09/09]
女の候補者
[2008/09/02]
セックス・アンド・ザ・シティな夜。
[2008/08/26]
ハウスキーパー
[2008/08/20]
オトコジャパン
[2008/08/10]
お久しぶりのご挨拶。
[2008/05/30]
女の罪、男の罪
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