●男女平等というルール

NHKの「ようこそ先輩」。その道のプロを招き小学校で授業を行うという番組なのだけれど、先日の「ようこそ先輩」、これ、初めて最初から最後までくいついて観てしまったよ。

その日は元サッカー国際審判員である上川さんという男性が先生として登場していた。教えるのは4年生か5年生。ハッキリ覚えていないのだけれど、子どもたちは皆一様にまだどこか幼かった。それでも一般的な小学生がそうであるように、女の子の方が背が高く、体格もよく、シッカリしている。

授業は、サッカーボールを使い、新しいゲームをつくる、というもの。手始めに、みんなでフツーのサッカーをする。どういうわけかそのクラスにはサッカー好きの女子と、サッカーが苦手な男子がいないようで(ホント?!)、男子が率先してボールを運び、女子はもたもたとしゲームに積極的に参加していない様子がテレビカメラに映し出される。もしくは選びとられている。
それからいくつかの班に子どもたちは分かれ、ルールをつくりはじめる。
さぁ、これが面白かった。なんとなまぁ見事な男女共同参画なのであった。パーーーフェクトな男女共同参画! 小学生にきちんと浸透している男女共同参画! だってね、どの班の子どもたちも、みんな同じことを言い始め、ルールをつくり始めたのだよ。

「男子も女子も一緒にできるルールをつくろう。」

で、できあがったルールは果たしてどんなものであったか。
「女子が入れたら3点」「女子は手を使える」「男子が入れないゴール付近のエリアをつくる」「女子にパスを回さないとゴールしても点にならない」などなど。

さて。あなたはどう思うか。まぁ、やさしい男子! すてき! 男女共同参画! か?
私は、のけぞった。久しぶりにフェミ神がマンコの星から降臨してきたかのように、フェミフェミつぶやきながらテレビにかじりついた。子どもの頃を思い出した。男子の平均身長が女子よりも確実に低い小学生時代。体育で男子と女子が別れていなかった小学校時代。もし、クラスの男子にえらそーに「女子が入れたら3点にしてやると」(テレビの中で男子はそんな風には言ってはいないが)などと言ったら、私は笑わせるなと、サッカーボールをそいつの頭に投げつけていたかもしれない。女子しか入れないエリアをつくられたら、ここは50メートル走15秒もかけて走るおまえが入れっ! と脚の遅い男子をとじこめさせていただいたことだろう。そして何より「女子にもやさしいルールをつくろうぜ」とか言っている男子がなぜか”立派なことを言っている風”にみえるその状況に、混乱し絶望することであろう。小学生テロリストの誕生が、妄想の中でクッキリとみえてくる・・・。

アア! 悪しき男女共同参画。小学校の男子にこんなことを言わせるまでフェミが浸透していたなんて!!! アア! 悪しき性差別社会! 女子をここまで鈍くさくするほど性差別が日常的だなんて!! くやしい、あたし、くやしいっ! 私は身悶えした。しかし・・・現実はフェミの予想をこえ、思わぬ方向に向かっていくのであった。

なんと・・・。ルールをつくった後に練習試合をし、さらにそのルールの矛盾点などを整理し、最終的に班対抗のトーナメント試合が始まる頃には、女子たちの空気が変わってきたのであった。自分たちがつくったゲームに対する愛着や、ゲーム自体の面白さもあっただろう。「男子のゲームに参加」という女子たちの気分が、「私がゲームに参加」と、切り替わったのがテレビ画面から確実に伝わってきた。
男子の一人が叫ぶ。
「(女子が)本気の人になっちゃったよ!」
女子がゲームに積極的に参加しはじめたとたん、女子に有利に働くそのルールがゲームの勝敗を左右するものになりはじめたのであった。男子が焦りはじめる。「ヒーローになれない」とあらかじめ設定されているルールなのに、どうしたって「ヒーロー」みたいな活躍をする女子が登場してくるのだから。
まるでダブルスタンダードの中で逞しく生きる女たちの生々しい活躍をみているようであった。そして一方で、どんなに活躍をしても「女子枠」な活躍という事実も生々しく見せられているようであった。なにこれ!! すごい!!! 男女共同参画宇宙の法則をみているようだよ!!! テレビの前で私はひたすら忙しかった。

番組の最後、一人の女の子が感想を求めてこう話していた。晴れ晴れと楽しそうな顔で。
「今まで、うちのクラスは、男子と女子がバラバラでした。でも、この授業を通じて、一つになれた気がします」

男女がバラバラだった、と語った女の子の言葉が耳に残った。
恐らく。男子は男子らしく遊び、女子は女子らしく遊ぶ。そういうクラスだったのだろう。だからこそ、男女が一緒に遊ぶ時に必要なルールは「男女共同参画」だ。そのルールは、女子が”女子らしく”参加し、男子が”男子のまま”楽しめるというもの。
ところが、そういったルールの中でも、一部の女子たちは主体的に、ヒーローになっていく道の面白さに目覚める。女だからとか男だからとかいう理由で自分を形づけなくても良い道。もちろん中には、男子をサポートしながら楽しめるルール、というものにますますの面白さを見いだしてゆく女子もいただろう。どちらにしても、「男子のゲーム」に参加した時に初めてつきつけられる、女子が女子であることの正体を知っていく課程が映し出されているようであった。
ちなみに。女子が本気になった時の男子の焦り方が可愛いくみえたのは、もちろん彼らが小学生だからである。

私たちは、今、どんなルールで男女平等を生きようとしているのか。
「男女共同参画」のあり一つの成り立ちとそして結末。
まるでそんなドラマを見せられているような思いになる。
男女平等というルールを試行錯誤しながら守っていったら、最後に話した女子のように、「一つになれた」という気持ちになるのだろうか。それは、果たして、私たちの目標なのだろうか。男女で何かをする時に、必要なのはどんなルールか。
ちなみに私は、男が女の邪魔をしない、というルールが男女平等だと思っているけれど。みなさんはいかがでしょう。


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チェンジ。
[2008/10/01]
愛せない、という罪悪感
[2008/09/24]
男女平等というルール
[2008/09/17]
ワガママなわたし
[2008/09/09]
女の候補者
[2008/09/02]
セックス・アンド・ザ・シティな夜。
[2008/08/26]
ハウスキーパー
[2008/08/20]
オトコジャパン
[2008/08/10]
お久しぶりのご挨拶。
[2008/05/30]
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