ページ19:『おそろしい日々』

「ヒトサマに迷惑をかけることだけは、許されないと思うの。」 イラクで拘束された3人の日本人についてのTV報道を見ながら、母が言う。曰く、彼らは好きでイラクなどに行ったのだし、日本政府からの退避勧告も無視してイラクに残ったのだから、危険を覚悟の上なのだ、と。そんな“好き勝手”でヒトサマに迷惑をかけるなんて、もってのほか、というわけだ。 「お母さんだったら、たとえ本心では辛くても、『うちの子がご迷惑おかけしてすみません』と謝るわ。一人のわがままのために、国に迷惑をかけるわけにはいかないもの。」

自衛隊の即時撤退の要求とともに日本人が人質とされたこの事件について、「ヒトの意見に耳も貸さずに、自ら現地に残ったのだから自業自得」とか「個人の命より、国益が優先されるのは当然」という意見も少なくないようだ。とはいえ、私が目にしたのはもっぱらネット上であり、唯一のナマ発言者が母だったわけだが。憤慨しながらも母は、「こんなこと、ソトでは言えないけどね」と声をひそめ、そんな隠蔽モードの発言にますます“本音”を滲ませる。そんな“本音”に打ちのめされつつ、さらには自分が“ウチ”の人間として、そんな価値観を当然のように共有させられているのが、おそろしい。

「ヒトサマに迷惑をかけてはいけない。ヒトの意見に従うべきだ。」―そのヒトサマとは、誰サマか。私が含まれているわけでもなければ、イラクの住民でもない。誰サマの迷惑にならぬように、誰サマの意見には従うように、誰サマの利益は命よりも優先するように。それが守られぬなら、死も覚悟すべし。「テロに屈しない」と繰り返す誰サマに、私たちは屈することを強いられ続ける。

拘束された3人は、“特別な”人なのではない。誰サマの意に反する生き方が攻撃される恐怖は、決して他人事ではない。すでに、子どもを生まずに閉経したらゴミ呼ばわりだ。誰サマの思うように、結婚し、出産し、介護をし、年金を払わなければ、「許されない」。迷惑、わがまま、自業自得、そして自己責任。3人に対して投げつけられるコトバは、私たちにも向けられている。自己責任というけれど、はなから責任なんて持たされてはいないのに。彼らのイラクでの自主活動における責任は無視され、単に退避強制に従わなかったことが「責任」の名の下で制裁されるにすぎない。DV夫を選んだのも自己責任、セクハラ会社に就職したのも自己責任。バッシングというご丁寧な勧告を受けてもフェミを続けたら、どんな自己責任をとらされるのだろう?

3人を支援する声もたくさんある。本当に、無事であってほしい。だけど、私がそう思うのは、彼らが別に「純粋に、金銭目当てではない活動をし、心からイラクのために尽くしていたから」ではない。それはそれで大変けっこうなことだし、そういう生き方に敬意を持っている。彼らを積極的に支援している仲間たちは、友人として愛情を持って、彼らの人となりを伝えたいのだろう。それはかまわないけれど、たとえ拘束されたのが、偏屈で、金に汚い人であろうと、起きている問題は変わらない(単に、そのストーリーが多くの人々の好みではないだけの話だ)。問題は、どんな人かではなく、何が起きているかなのだから。

一方で、彼らの家族に対しては、激しい攻撃があるらしい。拘束されたうちの女性(高遠氏)の妹弟のコメントや態度へ寄せられた非難について、母親が謝罪していた。最初にTVで「お許し下さい」と謝る母親のコメントを耳にしたときは、時代劇ドラマの時間かと勘違いして聞き流してしまった。それが会見の報道とわかったときには、驚いた。「お許し下さい」―許さない誰サマな人と、顔もわからない誰サマに許しを請う人という、ものすごい権力関係のなせるコトバ。ものすごく怖い・・・。私は、この会見後を見てから、ホラーではない現実の恐怖感というものをヒタヒタと感じている。

そもそも、高遠氏への攻撃は、この事件直後から報じられていた。ほかの男性2人に対しても誹謗中傷があったのかもしれないが、少なくとも新聞報道(読売)では高遠氏のHPに攻撃的な書き込みが殺到し、ページを閉鎖したことを報じていた(もし、男性らも同様の被害があったならば、それはそれで報道の偏りである)。そして、今度は、彼女の妹弟への批判。二人はかなり感情的であったし、小泉首相が棚上げにしていた最も本質的な問題、つまり自衛隊派遣云々のみならず「人の命をどう考えてるのか」ということを真っ向突きつけた。それに答えてもらえない苛立ちや焦りから、なんとか自分で考えつく限りの案を言わずにはいられなかったのだろう。しかし、妹さんの「(救助の際は)特殊部隊を入れないで欲しい」等の発言に対し、反発はエスカレートした。だけど、なぜ、彼女らがこんなに責められるのか。実際、家族の一存だけで、その意向どおりに、日本や世界が動くわけじゃない。被害家族の心理として、怒りや感情の爆発が当然に起こるとしても、それを理解することと、言うとおりにすることは違うのだ。北朝鮮拉致事件での「家族会」の発言だって、感情的であったし、国の政策についても(男性たちは)ガンガン意見を述べていた。だが、彼らは“許された”。彼らの記した本も、あんなに売れた。状況に違いはあるが、でも、やっぱり違いすぎる。若いから?  女だから?  何サマに従わなかったから?

「従わない」ということが、これほどまでに「許されない」ということは、暴力そのものである。戦争そのものである。やりたい仕事をやるべき場所でやる、生きたいように生きる。そんなことは、今や許されない。本当に、おそろしいことになってきている。何サマの暴挙は、止まらない。


INDEX
[2006/04/20]
ページ93 ぽか・えろ
[2006/04/13]
ページ92「Pの秘密」
[2006/03/31]
ページ91「どういう関係?」
[2006/03/24]
ページ90「春」
[2006/03/16]
ページ89「仕事人生?」
[2006/03/02]
ページ88 もったいなくない
[2006/02/24]
ページ87「白1本」
[2006/02/16]
ページ86「美と金メダル」
[2006/02/10]
ページ85 「できない女?」
[2006/01/28]
ページ84「ホリエモンと私」
これより前のコラムを見る
▼コラム一覧へ戻る  ▲topへ