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2001/1/23〜2001/9/4
女アンドロイドはタンパックス・タンポンの夢を見るか
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第16回 「ブンガク」における月経の語られ方。その3

 前回、前々回と「ブンガク」における月経の語られ方。その1、その2、では 月経によって意味づけされる女性のパーソナリティを検証してみた。

 今回は、月経で表現される「ブンガク」内の状況である。その状況とは、「予 定よりも遅れている月経」と「予定外の月経」である。月経本来のあり方からす るとこれは単なる「月経不順」だが、「ブンガク」の中ではそれだけではない。 その筋立てに大きな影響を及ぼすことがある。言い換えれば「予定よりも遅れた 月経」が表すものは「妊娠」であり、「予定外の月経」は「(男側から見て)セ ックスができない」、「(女側から見て)下着を汚してしまってユウウツ」であ る。語り手の性別によっても、月経の意味するものが違うのである。

 月経が遅れていることが「妊娠しているかもしれない」可能性に結びつけられ て考えられるのは、非常にわかりやすい。

 「わたしは人よりゆっくりした三十日間を守ってきた。ここ一年間は絵に描い たように正確だった。それが今月は六日も遅れていた」(「もう頬杖はつかな い」見延典子 1977)
 「麻美は布団を抜け出し、トイレに入って、妊娠が単なる危惧でしかなかった ことを知った」(「彼女たちとのユートピア」川西蘭 1993)

 前出の「化身」では、妊婦嫌いの主人公の大学教授は「孕む」「母というアニ マル」を毛嫌いしている。愛人の霧子の月経が遅れているので「妊娠したのでは ないか」と恐れおののく。

 同じ渡辺淳一の「化粧」(1979〜1981)では4人姉妹(一人は死亡)のうちの三 番目の里子が月経の遅れに気付き妊娠を予感する。「里子が生理の遅れに気付い たのは十二月の半ばからである。予定では十日前後にあるはずだったのが、月の 半ばを過ぎてもない。いままではほぼきちんときて、遅れてもせいぜい四、五日 だった。それがどうしたことか、二十日になっても徴候がない。それでも暮れま では、忙しさで少し狂ったのだろうぐらいに思っていたが、年が明けるとそんな 暢気なことはいっていられなくなった」。彼女が妊娠したのは夫以外の愛人との セックスが原因である。夫とは長い間セックスレスなのだ。だから「妊娠」は公 表できないのである。「危険な時期(たぶん、荻野式計算法での排卵予定日)に は、一週間くらいのずれがあったので、まさかとたかをくくっていた」「それが 軽率だったのかもしれない・・・」。里子は月経がほぼ予定通り来ているとはい っても、時々は遅れることもある身体の持ち主である。避妊もせずにセックスし たのは、まさに軽率だったとしかいいようがない。

 彼女は不思議なことに、まず「どんな麻酔をかけられて、どんな姿で手術され るのか」を心配する。そのつぎにようやく同居している夫や母親にばれずに手術 が受けられるか、と考えている。「どんな麻酔」かということをまず心配するよ うな女性がいるのだろうか。診察台や分娩台での姿勢は人によっては、想像する だけで羞恥心を掻き立ててしまうこともある。しかし、手術自体の痛みや出血な どよりも、それを和らげる麻酔や意識を失って覚えていないような姿勢の方を真 っ先に考える里子の気持ちは解せない。

 里子の姉の頼子は独身で、銀座のクラブのオーナーマダムである。彼女は月経 困難症気味で、排卵日にも痛みと出血を伴う月経に似た症状におそわれる。排卵 日が判るとは、なんと便利な身体なんだろうと思うが、そんな便利な身体を持っ ていながら彼女も避妊をしないのだ。しかもその排卵日の痛みにおそわれている さなかのセックスでさえ。「頼子は今日が排卵日であることを思い出していた。 もしそうなったら、なったときのことだ。頼子は自分の躯への好奇心とともに、 少しなげやりな気持ちになっていた」。少しどころか、相当なげやりになってい るとしか思えない。超・現実的な銀座のクラブ経営者である彼女が自分の躯への 好奇心なんてことだけで排卵日に避妊しないなんて、にわかに信じがたい。しか しなんとも都合のいいことに、「昨日、雨の中で覚えた排卵日の痛みはすでに消 えている。思いがけない行為で、躯の方が驚いたのかもしれない」。そして、実 際彼女は妊娠しない。「頼子はこの前の排卵日に、日下に許しながら妊娠しなか ったことを思い出していた。もしかして自分は子宮後屈かなにかで子供を産めな い躯なのかと思った」。どこにも「ほっとした」という言葉が書かれていない。 それよりもむしろ妊娠しなかったことを悲しんでいるように見える。

 ここで判るのは、「月経が遅れる」ことは妊娠を意味するが、「月経が来る」 というのが「非妊」を意味しているということだ。どちらにしても負のスティグ マを「月経」は背負わされている。

 三島由紀夫の「美徳のよろめき」のヒロイン・節子はこの小説の中でたびたび 妊娠するのであるが、そのたびに月経の遅れによって妊娠に気付く。「遅れがち な月経が二月にとうとう来ず、三月半ば過ぎても何の音沙汰もなかったので、よ うよう節子は思い当たった」「節子は今月の月経が待っても待っても来ぬ不安 を、土屋に隠していたのである」。 この小説の中には何ともチャーミングな指 圧師がいて、月経の時には慇懃な言葉遣いで「失礼でございますが奥様、只今は あれでございましょうね。月々のあれでございましょうね。いかが?」などと聞 くのである。それがよく当たるので、たいそう楽しいだろうと思う。しかし「失 礼ですが奥様、御妊娠ではございませんかね」と思わずあててしまい、節子も思 わず「いいえ、とんでもないわ。そんなことはないことよ」と怒ってしまう。そ の後この指圧師がこの家に出入りすることはないだろう。口は災いの元だ。

 それにしても月経不順な女性ほど、避妊したがらないというのは、いったいど うしたことだろう。

 生理不順になって迷惑するのは誰だろう。それは当の女性本人だ。それとも、 恋人の生理の周期がわからない、安全日がわからないから困る、妊娠したかもし れないと心配するのは迷惑だ、という男の方だろうか。

「前にも言ったように女の子が小さいときから煙草を吸い過ぎると大きくなって 生理不順になる」(「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹 1988)
「思春期の女の子はもう少しまともなものを食べるべきだ。そんな生活を長い間 続けてたら大きくなって生理不順になる。何になろうともちろん君の勝手だとも 言うことができる。でも君が生理不順になるとまわりのみんなが迷惑する。まわ りのことも考えなくちゃいけない」「馬鹿みたい」と小さな声でユキが言った」 (「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹 1988)

 まわりのみんな、というのはいったい誰のことなのだろう。やはり彼女とセッ クスするかもしれない男たちのことなのかもしれない。

 「たぶんそんな風にコウフンしたせいだと思うのだけれど、予定していたより もずっと早くその夜に生理が始まってしまって、わたしはえらい目にあいまし た」(「スプートニクの恋人」村上春樹 1999)

 「コウフン」して月経になり、「えらい目」にあった。ここでいう「えらい 目」というのは、たぶん下着やシーツを汚してしまった、または生理用品の買い 置きがなく、おまけにすぐ手にはいるような環境でもなかった、ということだろ う。

 「コウフン」がかなで書かれているので、それはきっと楽しいワクワクするこ とだったに違いない。情緒不安定になったけれど、深刻なものではない。痛みで 動けなくなるくらい生理痛で苦しんだ、ということもなさそうだ。洗濯や生理用 品の購入の煩わしさはあっても、むしろお祭りのような楽しささえ感じられる。  

 別にトイレで暗い始末してたって、暗くなんかなんない。「あたしの問題はあ たしの問題だ」って、アプリケーターが教えてくれる。(「帰ってきた桃尻娘」 橋本治)

 電車の中で月経になったのが「お腹で」わかって、「まだダメよ!」といい聞 かせて駅のトイレに駆け込む。急な月経はいつも女の苦い盟友だが、その失敗も 「大変なこと」から「暗くなんかなんない」程度までさまざまなのである。それ は、たしなみだとか、正確のだらしなさに結びつけて云々されるようなものでは ない。

 予定外の月経のせいでセックスができないと「憤懣」を語ることもある。「セ ックスできると思っていたのに、できなくなった」というのは男からすると憤り でしかない。ある種の男にとっては、「予定外に遅れた月経」とは、安定したセ ックスの供給を妨げる原因にしかならない。
 「まだだめなのか」と「化身」の主人公大学教授・秋葉は月経中の霧子に聞 く。せっかくのヨーロッパ旅行(はりこんでファーストクラスで出かけた!)の 最中に月経が遅れてやって来たことに苛立っているのだ。
 その辺、石原慎太郎東京都知事は用意周到に「つきあう女性の生理を把握して おく」(「灰色の教室 」1955)。安全日を確かめるため、とも言えるが、何人 もの女性と同時につきあうのは要するに「セックスしはぐれない」ためだろう。

 「それから我々は横浜に戻って食事をし、車の中でキスをした。僕は彼女をホ テルに行こうと誘ったが、彼女は駄目だと言った。「だって、タンポンが入って いるのよ」「取ればいい」「冗談じゃないわ。まだ二日めよ」やれやれ、と僕は 思った。まったく何という一日だ。こんなことならはじめからガールフレンドと デートしていればよかったのだ。(略)「ごめんね。でも嘘じゃないのよ」とそ の女の子は言った。「構わないよ。気にしなくていい。君のせいじゃない。僕の せいだ」「わたしの生理があなたのせいなの?」よく分からないという顔つきで その女の子は言った。「違うよ、めぐりあわせってことさ」と僕は言った。あた り前じゃないか。どうして僕のせいでどこかのよく知らない女の子が生理になら なくちゃならないんだ?(「ファミリー・アフェア」村上春樹 1985)

 東京から(多分)ドライブし、お酒と食事をおごった挙げ句に「月経中につ き」セックスを断られる男は、はたして可哀想なのであろうか。ドライブや食事 はセックスの代金として前払いされたもので、女は常にそれに応じなければいけ ないのであろうか。彼女は月経中でなければ彼とホテルに行ったのかもしれない が、「嘘じゃないのよ」といいながら、やっぱり嘘なのかもしれない。「あなた とはしたくないのよ」と正直に言えばデートレイプされるかもしれない。「月 経」が方便だとしても、デートした女性が月経中だというのはそれほど男に打撃 を与えるものなのか。

 「美徳のよろめき」でも逢い引きの日に月経が終わらずセックスができないシ ーンがある。当時はいまよりもっと簡単に月経を早めたり遅くしたりするための 薬が売られていた。ホルモン薬であろうが、いまのピルのように低容量のもので はなかっただろうから、ちょっと怖い。しかし節子は「避妊の人工的な手段」を 軽蔑していたので、「知っていてもそういう人工的な薬品を嫌ったかもしれな い」。というわけで、せっかく旅行きたのに月経は終わっていない。セックスが できない。

 しかし彼女にとってはこれは「めったにない機会」である。セックスができな いと告げることで「相手の精神的な愛情の強さ」を試そうというわけだ。案の定 相手の男は不機嫌になり、その顔を見た節子は「心が穏やかでなくなって」つま りむっとして、おきまりの「あなたの愛しているのは体だけなのかという言葉が 出かかった。しかしそれを口に出してはおしまいである。それでいて節子は、諦 めた土屋の平静な表情を見るのもいやなのであった」。

 男が一番求めているものがセックスである、と認めた上で、さらにそれより 「気高い」愛が我々の間には存在するのだと信じたいのだ。「性交不可能な身 体」(おあずけ喰らわしている)によって優越性を誇示するが、一方で「諦めら れる」ものイヤなのである。節子の気持ちはさらにベットに入った後にエスカレ ートする。

 「彼らは子供のような平和な共寝をするはずだったが(略)、青年の息には苦 しみがまじってきこえ、この苦しみは半ば女を喜ばせ、半ばは不憫な気持ちにに させた。節子は今自分がいたわってやらなければ命の覚束(おぼつか)ない人の ように」思いこむ。

 自分がその苦しみを与え、彼が耐えている。その加害性に気持ちのすっかり高 ぶった節子は今度は殉教的にフェラチオする。
 こうして「セックスできない」月経中の女は、代償行為を男に与えようとす る。月経中であれ、病気であれ、処女であれ、性交不可能な女は、手や口を使っ て男を満足(射精)させなければならないという言説は、村上春樹の「ノルウェ イの森」やスタイロンの「ソフィーの選択」にも見られる。そういったオルター ナティブな行為が描かれることによって、ますます男は射精をしなければ満足を 得られない「本能」的な存在であり、女は「性欲に」いきり立ったチンコを鎮め るために、手や口を使って射精させてあげなければならないと思い込まされてい るのである。

 


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