第18回 「ブンガク」における月経の語られ方。その5
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「ブンガク」の中での月経は、いままで分類してきたように、女性のパーソ
ナリティ、妊娠、セックスできない、が主なものであったが、実際の月経におい
てはどうなのであろうか。
重い生理痛に苦しむ女性が豊満な肉体の持ち主であったり、ことさらに女性性
を誇示する女性ばかりではない、というのは分かり切ったことだ。生理不順の女
性が妊娠しにくいのは事実かもしれないが、不妊だということもない。そして、
月経中だから、という理由でセックスが「できない」のか、というと、そういう
こともない。月経時に「セックスしたくない」女性もいるが、普段通りにセック
スをする女性もいる。むしろ、月経中にセックスしたがらないのは、男性側では
ないか、ということを検証したい。
近年女性作家による自らの月経を語る言葉も少しずつではあるが見られるよう
になってきている。中でも、月経中のセックスについて表現しているものを取り
上げてみたい。
男性(作家)にとって月経中のセックスは、けがわらしくおぞましいものであ
るが、「そうせざるを得ない」男の性欲を描いているだけで、女性側は「拒みた
いのに、快感に我を忘れて」程度にしか描かれていない。実際のところ、月経中
の性交は女性にとってけがわらしいものでもおぞましいものでもない。資料によ
ると、月経中に性欲が高まる、快感が高まる、という女性も多い。
性行為にオナニーを含めると、約半数の女性が「性行為」をしている。月経中
に普段より快感及び性欲を覚えるのは個人差がある。性行為自体は「いつもと同
じ」と感じている女性がほとんどである。しかし「相手がしたがらない」「後始
末が気になって楽しめない」という声もあり、月経/経血のセックスに否定的な
意見もある。「後始末」を女性が気にしているというのは、経血で汚れたものの
始末は女性が担っているということを示している。
この「ブンガク」における月経の語られ方。その1、の冒頭に書いたように、
古事記によるとミヤズノヒメとヤマトタケルが初めてセックスをしたのは彼女に
初潮があったときである。月経はむしろそのときから性交が可能だというしるし
であり、ミヤズノヒメは「あなたが再び訪れてくれたから、わたしは興奮して月
経になりました。これでセックスができます」と語る。月経は性交不可能のしる
しではなく、むしろ性交可能なしるしであった。いつ頃から日本において月経時
のセックスがタブーとされたのであろうか。
ミヤズノヒメとヤマトタケルの物語が二世紀初めであるが、五世紀半ばには同
じ古事記の中に雄略天皇の話が書かれている。妥女(うねめ・後宮にに使える女
官)が運んできた盃の中に槻の葉が入っていたのを見て怒り、彼女を殺そうとし
た。しかし妥女(うねめ)がとっさに歌をうたい、それを許された、という物語
がある。
槻の木は神聖な木であると同時に、「槻」は「月」に通じる。月経後屋を「月
屋(槻屋)」と呼んでいたことから、槻の葉を見て月経を連想したのである。そ
して「槻屋」に籠もっているべき女が穢れを持ち込んだと、殺そうとしたのであ
る。彼女のうたった歌は「この槻の木は、神聖な新嘗屋(にいなめや・その年の
新しい穀物を神に捧げ、天皇自ら食す。今の勤労感謝の日)に生えている槻の木
の葉である」という意味で、月経の象徴ではなく、「槻」は神聖な木であると切
り返した。
このことから推測するに、大和朝廷が全国統一をした時期には月経の穢れ観は
すでに見られた。大和朝廷が統一を成し遂げたのと同時に仏教が全国に広まっ
た。朝廷の庇護を受け、仏教は全国に「護国寺」を建てその思想を広めた。仏教
は大和朝廷を拠点としてその布教範囲を拡大したのだ。仏教思想では赤不浄とい
う考え方があり、月経がこの不浄に当たる。月経と出産時の出血が忌まわしいも
のとされた。これは仏教だけでなく、他の宗教や地域でも見られる。
明治以降の近代医学も月経を「病気」とみなし、そのときには安静にしている
ことが奨励された。現在日本では荻野式計算法が広く知られ、月経時のセックス
は避妊の一つの方法と考えられている向きがある(これほどあてにならない避妊
もないのだが)。月経の始まりから排卵日は二週間ほどあるというのがこの計算
式である。これはあまりあてにしない方がいい。月経血は血液と同じように血液
感染する病気をうつすこともあるので、月経時にセックスするときにも、やはり
コンドームはつけた方がいい。それはともかく、月経時には、「セックスできな
い」というわけではない。
「ブンガク」では月経時のセックスを描いているものは少なくない。「化身」
も月経時のセックスを描いているが、これは暗闇の中で行われ、経血は男の目に
は触れない。男がそれと意識するのはシーツについた小さな血の痕だけである。
これはラテン国で見られる「処女の初夜」に近い。処女の花嫁のシーツの出血痕
を、次の日皆に見せ確かに花嫁が処女であったと知らせる儀式だ。「化身」の描
写もそれに匹敵する。霧子は処女ではないが、月経時のセックスを拒み通す。し
かし主人公から見た彼女は愛撫のうちに我を忘れ身体を許してしまう。つまり彼
女のタブーを男が破る、その勝利を描いているというわけだ。セックスの後も暗
闇の中で彼女は男の身体を拭き、自分もバスルームで経血を洗い流してしまうの
で、普通のセックスとはほとんど変わらない。ただ男の勝利感、処女信仰(オト
コは何でもオンナの「はじめて」が好き)、レイプ願望、所有感を達成したに過
ぎない。
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