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TALK ABOUT THIS WORLD! ドイツ編
素敵な寄せ集め
17.05.12 by 中沢あき



普段はコーヒーもお茶も、ときにはジュースさえ、厚手のマグカップでがぶ飲みしている私だが、ひそかに憧れているものがある。2年程前のこと。友人が誕生日祝いと言って、女子会を開いた。仲のよい女友達数人が彼女の為にめいめい手作りや老舗のケーキを持ち寄って集まった。誕生日の主人公は真っ白いテーブルクロスの上に、いろいろなデザインのクラシックなカップとソーサーをセットして迎えてくれた。フライトアテンダントとして世界中を飛び回る彼女のテーブルにはいつも、買い集めてきたインドのお皿やアラブ風のグラスなどが使われていたので、このクラシカルな雰囲気はちょっと意外だった。せっかくのお茶会だから、義母から譲り受けてきたザンメルタッセンを出してみたの。こういうの、うちの母も持ってたわあ、とか、他のゲストが懐かしそうに眺める中で、ザンメルタッセンって何?と訊く私に皆が説明してくれる。


揃いのカップ&ソーサーじゃなくて、一組みずつ、いろんな種類のを集めるのが昔、流行ったのよ。私たちの母の世代よね。普通は、同じデザインのものでひととおり茶器を揃えるでしょう?ザンメルタッセンはこうして一組みずつ、売られているのを自分の好みで集めていくの。ザンメル(sammel=集める)タッセン(Tassen=カップ)ってことよ。なるほど。つまり英語でいうところのカップコレクションか。


離れた町の老人ホームで暮らす90歳近い彼女の義母の家をいろいろと片づけている際にザンメルタッセンを貰い受けてきたのだそうだ。その息子である彼女の夫いわく、普段使いのものではなかったね。いつもリビングの飾り棚に仕舞ってあって、特別なときに使われてたかなあ、クリスマスとかイースターとか、来客があったときとか。でも、あんまり覚えてないないんだよねえ、と首をひねって唸る彼に、男はこういうのに興味ないのよね、と彼女が笑う。


好きな柄のカップがある席に座ってね、という彼女の案内に、皆、口々にこれがいいかな、あれも素敵、と言いながら、めいめいで好みのカップを見つけてそこに座った。いいなあ、こういうおもてなし。よく映画などで見かける、白いテーブルクロスの上で、揃いのデザインの茶器が並ぶ様も見事だけど、このようにあえてバラバラのデザインのものを並べて、それぞれの個性を楽しむ、ってなかなか粋だ。


そのお茶会からしばらく経って、今度は我が義母の誕生会のときのこと。ドイツでは、何十歳、何十五歳、と5年毎に誕生日を盛大に祝う人が多いのだが、この時も義母の75歳の誕生日を祝って、彼女はお茶会を開いた。テーブルの上に並べられたグラスやカップの中から、ある一つのカップ&ソーサーを手に取った女性が声を上げた。あら、これ、ザンメルタッセン?こういうの、流行ったのよね、昔、とまた思い出話になる。激しい戦争の歴史があったドイツのこと、きっとザンメルタッセンの精神も、戦争などで壊れてしまった残りのものから集めていく、残りもの、という欠点を敢えて楽しもうとするポジティブシンキングでもあるのかと思って訊いてみると、うーん、そういうこともあるのかもねえ、と、なんだか答えがはっきりしない。皆が昔は流行ったと思い出話をするものだから、1950年代くらいの話かと思って調べてみたら、意外とザンメルタッセンの歴史は長く、始まりは19世紀に遡る。


当時はまだ高価なものであった陶磁器を揃えられるのは財力のある王侯貴族だけで、それでもだんだんと豊かになりつつあった市民階級の間では、記念品や贈り物として、絵柄のついた一組みのカップ&ソーサーを手に入れることが流行り出したという。絵柄もこうした花柄だけではなく、風景が描かれたりと、今でいう土産屋に置いてあるような記念マグカップのようなものも含まれていたらしい。当時、ビーダーマイヤーという、身近で日常的なものに目を向けて価値を見出す、という文化思想が出てきたことも流行を後押しした一因だった。普段はガラス戸棚の中に飾られ、友人の義母の話と同じく、特別な機会の時にのみ使われていたという。日本で言えば、大切な茶器や漆や蒔絵の器を正月などで使うような感じだろうか。このちょっとした流行で各メーカーがザンメルタッセンを生産販売するようになるが、戦争の影響はやはり大きく、再びコレクション用にとメーカーが生産し始めたのは戦後、その後1970年代くらいまでその流行と生産が続いたという。かつては嫁入り道具の一つでもあったザンメルタッセン。そのブームも去り、しかし90年代から再びアンティークファンの愛代で中古品が取引されるようになる。今でもザンメルタッセンとインターネットで検索すると、オークションサイトに数多く出品されている情報が出てくる。一方で近年、旧来のメーカーも再びモダンなものを製造、販売しているそうで、それも検索して見てみると、確かにシックでシンプルなデザインが揃って現代的だけども、やっぱりこれは昔のクラシカルな絵柄のほうがいいなあ。例えば友人や私の義母たちの、またはそれよりも前の世代の人々の思い出がそこにはあって、今のように何でも手に入るわけではなかった時代の夢や憧れが浮かんで見える。そこに一人で思いを馳せながらお茶やコーヒーを飲むのも、または友人たちとめいめいの絵柄で楽しむのも、どちらも素敵なことだな、と思う。


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© Aki Nakazawa
友人が義母から譲り受けたザンメルタッセン。それぞれのメーカーの名前がカップやソーサーの裏に記されていますが、必ずしも高級ブランドとも限らないようです。


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© Aki Nakazawa
既に数十年は経っているアンティークですが、手入れがよいのか、とてもきれいな状態のカップ。集められたカップには、持ち主の好みや人柄も見えそうです。


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© Aki Nakazawa
この写真を撮らせてもった後にめいめい選んだカップでティーブレイク。私が焼いていった小豆入りの緑茶ケーキに合わせて彼女が緑茶を淹れてくれました。集め方も自由なら、楽しみ方も自由なのです。


後日思い出したのですが、日本でもマイセンやジノリ、ヘレンドといった陶磁器ブランドが有名でファンがいますね。私の伯母も生前、そうしたカップを買い集めていて、今思えばあれはザンメルタッセンだったのだなあと思います。高価な茶器を子供ながらに使わせてもらったのは、すごい贅沢なことだったんだなと懐かしい思い出です。

プロフィール
中沢あき
中沢あき(なかざわ・あき)
映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。