タイトル画像
ラブピースクラブショップ
スタッフおすすめトーイランキング
バイブレーター編!
No.1
誰もが虜になる大人気吸引式バイブ!!
No.1
うっとりするほど美しいトーイ
No.1
ラブピースクラブロングセラー! 北欧の最高傑作トーイ。
女印良品
プロ女体と私の乳房
アイコン
17.07.24 by 田房永子



 風呂上がり、鏡で自分の裸を見たら、右と左の乳の形が明らかに違っていた。
 二人目を生んで授乳が始まり、「乳が垂れる」という覚悟は常に、頭の中にあった。どのくらい垂れるのかは分からない。現在はほぼ9割ミルクの状態で、1日に2〜3回吸わせるだけだから、だんだん「母乳つくるの終わりますね」という感じの乳になってきていることは感じていた。
 右の乳が見たことのない形になっていて、ギョッとした。次の瞬間、「ワーーーっ」て、血の気が引いて「どうすんだこれ」という、絶望の気持ちに包まれ始めた。私は無意識に、自分の中に控えめなたたずまいでいる一つの“感想”を見つけた。絶望を見ないようにしてかき分けて、“感想”に手を伸ばして引っぱって前へ来させて、無理矢理その“感想”を頭の中で言ってみた。
 「なんかかわいい」
 よく分からないところに脂肪がたくさんついた体。その中心で、ぽこん、という感じに飛び出している手のひらサイズの、乳。ほとんどが乳輪におおいつくされている物体。
 それを「かわいい」って思ってる自分が確かにいる。いる、いる、いる。

 私は、生まれてから一度も橋本マナミみたいな体になったことはない。佐藤江梨子みたいな体でいた経験も、長澤まさみのような体であった記憶もない。なのに、ああいう、人前で水着になって全身の形を見せてホレボレされるような「女体」が、女として正しい体だと私は思い込んでいる。自分の体を鏡で見ては、「あれ(グラビアを仕事とする女性芸能人達のような体)じゃない」ということで、ずっとずっと、自分にダメ出しをしてきた。
 よく考えたら、意味が分からない。ああいう人はキレイだからそれが仕事になっているわけで、プロなわけで、彼女たちの体の形は私とは全く関係がないのに、どうして私が「プロみたいな体じゃない」と劣等感や罪悪感を持たなければならなかったのか。

 とは思うのだが、38歳で二人産んで授乳した現在も、自分の体にギョッとする私の中の基準は「プロの女体」なのである。ちょっと前の私の体と比べての変化にギョッとしているわけではなくて、20〜30代の(時には10代の)グラビアの女体が、私の中の基準になっていて、それとの余りの違いにギョッとしている。
 日々、テレビで街中で電車でポスターでネットで、とにもかくにも女体女体女体、プロの女体を見せつけられているからである他ならない。その媒体は男性向けだけに限らない。
 それによって関係のない私が劣等感を持つことはあまりに不毛なことである。私、日頃そういうの目指してないし、誰から求められてもいない。なのに自分のBODYと対峙した時だけ、沢尻エリカみたいな最高峰の肉体が脳に出てきて、それと違うということに必要以上のショックを受ける。こんなことからはもう卒業したいと思う。

 初めて子どもを生んだあと、病院のお風呂場の鏡で、凄まじい妊娠線が入りまくって伸びている自分のお腹を見て息が止まるほど驚いた。
 二人目は3900gもあって、妊娠線がなかったところにまで線がでた。もうどうにでもなれという気持ちだった。眠気と戦う壮絶な20時間出産を経た翌日、病院のお風呂に入る時。「すごいことになってるんだろうな」と覚悟を決めた。
 お風呂場は私1人。目の前の、それほど大きくない鏡に、短くて太い足がトテトテ・・・と近づいていく様子が映った。太ももが見え、その上に、赤い線がたくさん入ったふくれたままのお腹が現れた。それを見ている自分の顔も視界に入る。
 「ああ」
 と思った。その時の私の中には、自分の体への敬意しかなかった。

 あの時は、私は初めて自分の体に誇りを持てて、これからもそういう気持ちが持続できるんだと思った。
 産後も急速に体の形が変化する。世の中は、「体の形は自分の努力でなんとかできる」という価値観の一点張りで、それは分かるけど、それにうまく順応できない自分をあまり責めないであげたいと思う。私のいまの右の乳房は、キウイみたいな形でかわいい。



 壇蜜出演の、宮城観光PR動画。話題になった時は、ちゃんと見てなかった。「何がいけないんだ」「こんなことでクレームなんて」「女性の色気は良いこと」と、女性がSNSに書いていたので、気になって見てみた。
 どうしてこんなに悲しい気持ちになる動画なのだろうか、と思った。壇蜜はそもそも、ドラマとかに出てくると、独特な不穏や不安を予期させる。(役どころじゃなくて、声などが)。そういう味を持つ壇蜜が静かなトーンで牛タンを一枚ずつしかくれないというのも不思議な悲しさが増す。
 見ていてどんどん、気分が落ちていく動画である。それは、この動画が「『プロ女体』と男性達」で完結した世界観でつくられているからだと思う。私は、自分がこの世界に含まれない悲しさに凍える。
 「これが男女逆で、斎藤工がエロスでもって女性達をおもてなしする、という動画だったら問題にならないんだろう」という皮肉的意見も見た。観光だから、特定の性別だけおもてなしって時点で変だと思うけど、確かに斎藤工ならここまで問題にならないのかもしれない。ていうかたぶん、そんな動画は作られない。壇蜜の動画より先に、斎藤工の動画が作られていない現実が、すべての答えである。

 前、きのこのHOKTOのCMですごいのがあった。主婦役の鈴木砂羽に、きのこの精(要潤)が「奥さん・・・普通のきのこと立派なきのこ、味がいいのはどっち?」と耳元でささやく。鈴木砂羽が「ああっ!」とか言って最終的になぜか要潤の股間付近にあるしめじのパックを握っている、っていうCM。誰にも言ったことはないが、めちゃくちゃ大好きなCMだった。楽しすぎた。きのこの精。ウケるんですけど。私んとこにも来てくんないかな。あの時期はHOKTOのきのこをつい買ってしまったものだ。
 あのCMはすぐに中止になった。ちょっと悲しかったけど当たり前だと思う。あんなのダメでしょ(笑)。あの時は子どもが1歳くらいだったから、自分1人で見てウヘヘッきのこ(笑)って思ってただけだけど、もしいま(子ども5歳)流れてたら、マジでやめろふざけるな、って思うもん。

 そうやって女は、時間が経つごと、年をとるごとに、見える景色が変化していく。めまぐるしく変わる、立場や体や「言わなければならないこと」、それに常に対応しなければならない。
 だけど男は、自分はオッサンになってるくせに『セックスシンボルなプロ女体におもてなしされて鼻血ブー』という少年漫画みたいな設定に、いつまでも自分を当てはめ続けていられる。あの壇蜜に「あ〜ん」されて喜ぶ宮城PR動画は、男子小学生からおじいちゃんまでの全ての年齢層の男性が当てはまる。
 宮城PR動画の逆は、HOKTOのCMじゃない。ビューネ君でもない。存在しない。
 全ての年齢の男性が当てはまる「プロ女体が男性をもてなす動画」は作れても、全ての年齢の女性が当てはまる「イケメンが女性をもてなす動画」を作ることは不可能だからである。


プロフィール
田房永子
田房永子(たぶさ・えいこ)
漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。