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女の話
石臼を挽く女たち。
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16.04.30 by 北原みのり


女性運動の歴史を考えたいと思って、今、様々な現場の方にお話を伺っています。女が声をあげると激しく叩かれる社会で、先輩たちの歩み、現場の力を私自身が学びたい思いで。
昨日(2016.4.30)は、以前からずっと直接お会いしたかった強姦救援センター・沖縄代表の高里鈴代さんのお話を伺いました。その中で、「インターナショナル・ウィメン・クロスDMZ」のことが、印象的だったので以下メモとして記しておきます。


去年の5月19日〜26日、15ヶ国30名の女性運動家女たちが38度線を歩いて渡り、平和を訴え、朝鮮戦争を終わらせようと呼びかけました。もちろん高里さんも、30人のうちの一人です。


結果的に「歩いて渡る」ことは出来なかったけれど(逮捕されても歩くか、それとも・・・と最後の最後まで議論をしたという)、ノーベル平和賞受賞者のマイレッド・マグワイヤさん、レイマ・ボヴィさん、そしてグロリア・スタイネムさん(←意外!? と思ったのだけれど、グロリアさんは80代、朝鮮戦争に行った世代です)や、南北分断によって国を失った女性たちが、カナダ、アメリカ、ノルウェー、中国から参加したそうです。


驚いたのは、というか、私が泣いてしまったのは。
「朝鮮戦争を終わらせよう」という女たちのこの活動は、一人の女性の夢からはじまった、というお話。


それはこんな夢。


在米韓国人のクリスティン・アンさんは、広大なイムジン川で溺れそうになっていた。
すると溺れかけている自分の目の前に、川を渡ろうとする多くの人が現れた。
気がつくと、いつのまにかあたりに光が満ちている。この光は、いったいどこから来るのだろう・・・。
光をもとめてアンさんは、飛んだ。光はどうやら川上から流れてきている。どんどんどんどん川上に向かっていく、そしてようやくイムジン川の川上にたどり突いたとき、アンさんは見た。
女たちが大きな臼を挽いている姿を。それはそれは大きな臼を、女たちが共に挽いていた。
彼女たちが挽いた白い粉が、川に流れ、光になっていたのだ。
その時、アンさんは夢の中で、はっきりと言葉にしたそうだ。
南北の平和を実現するのは女なんだ、と。


その時からアンさんは、色んな人にこの夢の話をし続けたという。何年もかけ、賛同者を得て、資金援助を求めた。スーザン・サランドン、アリス・ウォーカー、ロバート・レッドフォードなど、著名人が支援を表明した。そしてついに2015年、女たちは北京に集合し平壌に向かい、平壌の女たちと共に平和会議をしたという。


もちろん、彼女たちのこの行動を批判する人もいる。ソウルで開催した女性平和シンポジウムでは、「北朝鮮の人権問題を無視するのか?」と会場入り口で抗議運動がくり広げられた。
そして、シンポジウムの最中に、”事件”が起きた。会場に座っていた女性が、立ち上がり、登壇者の話を遮り、激しい怒りの声をあげたのだという。脱北者だった。
「一体あなたたちは、北朝鮮がどういう状況にあるのかわかっているのか」「北朝鮮のプロパガンダに利用されているんだ」「いかに政治犯が厳しい状況にあるのか、そういうことも一切知らないでこうしているのか」


高里さんが仰っていた。この時、運営側の多くは、彼女を「シンポを遮る人」としてなだめ、どこか違う場所に行っていただき、まずは会を進行することを考えてしまっただろう、と。でも、壇上にいたレイマ・ボヴィさん(2011年ノーベル平和賞受賞者)は、彼女の言葉を聞くやいなやすぐに降りていって、彼女を抱きしめたのだという。
「自分たちは本当に朝鮮の人権問題を知っているわけではない、そのことができているわけではない。でも、あなたの想いはわかる」
そう言って、しばらく抱きしめていたと。


女たちが38度線を女たちだけで越えようとした試み、巨大なポジャギ(朝鮮半島の伝統的なパッチワーク。女の仕事です)を掲げ歩こうとした試み。日本の殆どのメディアが報じていないので、私は初めて知った(高里さんが仰るには共同通信で小さく報道されたとのこと)。最初の小さな一歩。でも、光を探していくアンさんの夢に、多くの人が参加したのだ。今も続く「忘れられた戦争」に、私たちはどう「関わって」いけるのか。その問いを、私たちに投げかけて下さったのだ。
私自身も、錯覚した。こんな風に女たちが集まり、共に石臼を挽いて、光を放つ・・・その夢を私も彼女と一緒にみていたかのように。そして一緒に臼を挽きたいと、思った。
かっこいいじゃないか、女。

WOMEN CROSS DMZのHPはこちら→https://www.womencrossdmz.org

プロフィール
北原みのり
北原みのり
ラブピースクラブ代表
1970年生まれ
1993年津田塾大学国際関係学科卒業。編集アルバイト、フリーライターを経て、96年インターネットHP制作会社をたちあげるる。1997年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社2000年)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。