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女の話
「エッチなお仕事なぜいけないの?」の対談について。
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17.12.05 by 北原みのり


先日、私の講演に来ていた女性から以下のような質問を受けました。


”今年9月に発売された中村うさぎ氏の「エッチなお仕事なぜいけないの?」に、北原が中村さんからの対談依頼を拒否したとあった。なぜ拒否したのか。対話するべきじゃないか”


私は「エッチなお仕事なぜいけないの?」を読んでいないのですが、これまで数人の方から同じようなことを指摘されているので、ここに事実と私の考えを記しておこうと思います。


事実として、中村氏から本書への対談の依頼を私は受けていません。
もしかしたらこのことか、と思うのは、伏見憲明氏から2017年1月3日にメールにて、伏見氏が運営する http://aday.online/ 上での対談依頼でした。伏見氏は、「(ネット上で)セックスワークや女性差別について中村うさぎさんと議論していただきたい」と連絡を下さいました。


ちょうど、この依頼メールをいただく前に、私は中村氏と別の方の対談「世間は『はしたない女』の不幸を願う?」をネットで読んでいました。そこでは、”性表現/性サービスを売る自由を手にするのはフェミニズムの勝利である”、というようなことが肯定的に記されていた。また、性産業に対する中村氏の積極的な発言からは、彼女が私とセックスワークの是非論で議論したいのだということは明らかでした。この場合、受けなければ「逃げた」と言われるだろう。受ければ受けたで「勝ち負け」を求められるだろう。どちらにしても、好ましくない状況です。この議論を受けるか断るか、私はほぼ1日かけて考えました。


それはこんな感じの思考回路で。
そもそも「性売買是非論」について中村うさぎ氏と語ることに、どのような意味があるだろう。というか女性の性的自己決定の文脈で性売買を語るのは、今いる被害当事者の声を塞ぐことにならないだろうか。さらに私自身は今、なぜ日本社会がここまで性産業を発展させることができたのかについて、学んでいる最中で、これは日本の近代150年を通して考えるべき問題だと思っている。でも中村氏には90年代のセックスワーカー議論を越えような新しい視点はない。議論は深まらないのではないか。
そのようなことを時間をかけて考え、伏見氏にお断りのメールを出したのが3日後。(文末に添付します)。私なりに、誠意をもって正直にお断りしました。関心のある議論の枠組みがそもそも違うのではないか、と。

その後、中村氏と周りの方々が、ネットのデマを拡散したり私への個人的な誹謗中傷に興じているのをTwitterで読み、対談を引き受けずに良かったと率直に思いました。仕事と友だちをいい加減に選ぶとエライ目にあうというのは、私がもうここ何年間か人生かけて得た教訓です。もちろん、だからこそ良き仕事良き友だちは、何よりも大切にしなければというのも改めて学んだことですが。
実は11月中旬にも、やはりまた伏見さんを通して「(6日後に自分の店で)トークしてほしい」と依頼があり、「北原さんにも私たちに言いたいことがあるでしょうし」「互いに理解する場にしたい」などと記された中村氏のメールが転送されてきましたが、それには返信をしていません。一連の過程の当事者としては乱暴な依頼だと感じ、返信する義理はもうないと思ったからです。(※この段落について、ご指摘いただいたので加筆訂正しています。本文末に訂正前の文章掲載しています)


それでも「違う意見であっても、どんなに相手が嫌いでも、対談するべきだ、話し合わなければ、はじまらない」という意見はごもっともだと思います。
でも私が断ったのは、そもそも「違う考えの人と対話したくない」ではなく、議論の枠組みに興味と価値を持てないという言論人としての判断です。何故なら、”セックスのお仕事の是非”といった乱暴な二項対立こそが、この議論に多くの人が沈黙してしまっている理由、正直かかわりたくないと思っているだろう面倒くささの正体の一つだとも思うから。また、乱暴な二項対立議論によって当事者の声を塞ぐ可能性があるのであれば、自ら乗りたくない。さらにいえば、経験上、相手への敬意を持たない人との対談は得るものが少ないです。


私自身が性産業業界に20年以上いて、日本独特の問題、また世界共通の問題など色々と理解していることもありますが、まだ見えていないこともあります。
わかっているのは、近年、AV出演に関して被害者がようやく声をあげられるようになった事実。JKビジネスに巻き込まれた女の子たちが声をあげられるようになった事実。これはファンタジーとか表現という問題ではなく、ラジカルフェミVSリベラルフェミというような空論でなく、被害者がいる問題なのだということ。
なぜ彼女たちが声をあげられたのか。あげられた声に私たちはどのように向きあうべきなのかを、フェミニズムは丁寧に考えていく思想だと私は思います。その思想の火を絶やさないためにも、買春文化・性暴力文化に片目をつむらず考えたい。男性と等しく、近代自由主義的平等・平和・自由を求めて、求めたことで挫折し続けたフェミの歴史。男性が語る自由や平等に潜む矛盾を告発して、女性たちの悔しさや祈りを言葉にしてきたフェミを、笙野頼子さんに倣って言えば”暴力や資本主義に捕獲されないために”、もうちょっとふんばって言葉にしていきたいなーというのが、今、私が立ちたいと思っている場所です。


というわけで。久しぶりにブログを書いたので、ついでに告知を三つほど。
1:12月10日 ポルノ被害と性暴力を考える会PAPSがNPO法人化しました。そこでシンポジウムを行います。私が司会することになっています。詳しくはコチラ
https://paps-jp.org/mag/53/


2:「フェミとオタクはなぜ相性が悪いのか」香山リカ&北原みのり
イーストプレスから出版しました。近年の性暴力表現、AV問題など、「語りにくくなっている」ことを香山さんからご提案いただき、話しました。香山さんと私も相当噛み合っていないところありますが、リベラルであるということ、この社会でフェミであるということなど、自分たちの体験や、生い立ちなどから、色々、率直に語り合おうとしました。ぜひ読んで下さい。


3:「日本のフェミニズム 性の闘い編〜1886〜」
河出書房新社から今月20日出版します。
私が責任編集で、日本の性の戦いの歴史について、様々な方に執筆していただいています。
松田青子さん、柚木麻子さん、笙野頼子さんが登場。
フェミの歴史とは何だったのか、そして1886年、明治19年だけど、それなに!? みたいなこともお楽しみにです!
「セックスワーカー論」以前に、どのような戦いがあったのか、また「性産業を批判しているフェミニストは、女性を保護の視点で捉えているので、上から目線だ、そういうフェミこそが働いている女性を差別しているのだ」というよく言われてる批判が、本当に事実に基づいた批判なのかについても通して読んでいただけると、伝わる人には伝わるはずだわ、と信じています。



最後に、冒頭の私が断ったメールを一応添付します。
伏見さんから私への対談依頼はtwitterで公開でも来ていたのですが、公開の返信にはしませんでした。twitterで書ける量じゃなかったので。
ちなみに、私にとって伏見氏も中村氏も、最新刊を待ち望む大好きな作家でした。特に私の世代のフェミであれば、伏見氏に多少なりとも影響を受けたのではないかと思います。ですから、このメールは(一年近くぶりに読み返しましたが)大先輩への敬意を表明しつ、断らなければいけない心苦しさで回りくどい内容になっています。


2017年1月6日18:00 北原より伏見氏への返信

伏見さん 連絡遅くなってごめんなさい。一日かかってしまいました・・・・!
うさぎさんの「世間は『はしたない女』の不幸を願う?」の対談を読みました。
性表現/性サービスを売る自由を手にするのはフェミニズムの勝利(うさぎさんの言葉ではありませんが)とは考えられないわ、というのが正直な感想です。恐らく、うさぎさんも伏見さんも、この点(エージェンシーに関する議論)で私と”対論”できると思って下さっているのではないでしょうか。
 その前提で、私が今、こういう議論の枠組みを与えられたとして、いったい何を語れるのだろう、語りたいだろう、と考えていました。

そもそも私が「性売買」問題を真剣に考えるきっかけになったのは、2013年5月の日本軍「慰安婦」に関する一連の橋下発言です。「日本人は賢いから知恵をこらしたサービスを合法的にやっている」「(働いている女性は)自由意志。だから積極活用すれば良い」などということを男性政治家(当時)がTwitterで発言をすることに、衝撃を受けたのです。以降、この国の性売買がどのような文化や哲学、歴史や主義に支えられてきたのか、GHQが禁止するまで公娼制度を手放さず、女性差別的な売春防止法を60年間温存してきた社会は、いったい何を守ろうとしてきたのか。そんなことをずっと考えています。
 
約3年間、「慰安婦」問題に今さらながら積極的に関わり、韓国や台湾、日本の性売買産業に関わる人たちや、彼女たちを支援する人々に出会い、また私に何ができるだろうと模索してきました。そういう今の私にとって、性売買をエージェンシーで切り取る議論をすると、あまりにも取りこぼすものが多いと実感しています。
むしろ今、積極的に考え知りたいのは、この国の性売買の歴史です。近代日本の女性たちが性売買問題に対し、どのような言説を積み上げ、どのように闘ってきたのかを、事実を慎重に取り扱い解釈していく必要を感じています。その上で、「性的自由意志」「私の身体は私のもの」と声をあげてきたフェミニズムが、何を獲得し、または失ったのかを見据えたいのです。世界で類をみない「ポルノ大国」であり「性風俗天国」である日本社会を、「自由」であるとは全く思えない者として。
 
そのような思考過程の途中であり、そして学ぶべきことが目の前に課題として積み上がっている最中です。そういう状況で、強い関心を持てない枠組みでの対論は避けたいのが正直な思いです。またJKビジネス被害の取材を通し、性売買に関する議論が大人の知的欲求を満たすためにならないよう、慎重にありたい思いも強いです。特にネットでの発信には慎重になっています。ご期待に添えず本当に申し訳ありません。
 
なんか、ますますエフメゾに行きにくくなってしまう返信ですが、、、伏見さんとはまたいつかゆっくりお話できる機会があれば嬉しいです。今回はお声がけ、ありがとうございました。
 


※2017年12月8日加筆訂正しています。中村氏から対談依頼は乱暴ではなかったという主張があったので。文体が乱暴という意味ではなかったのですが、書きなおしました。
【訂正前】
実は11月中旬にも、やはりまた伏見さんを通して、「今週末対談しませんか、北原さんも言いたいことあるでしょうと中村さんが言ってます」という内容の随分乱暴な対談依頼がきましたが、それには返信をしていません。返信する義理はもうないと思ったからです。
【訂正後】
実は11月中旬にも、やはりまた伏見さんを通して「(6日後に自分の店で)トークしてほしい」と依頼があり、「北原さんにも私たちに言いたいことがあるでしょうし」「互いに理解する場にしたい」などと記された中村氏のメールが転送されてきましたが、それには返信をしていません。一連の過程の当事者としては乱暴な依頼だと感じ、返信する義理はもうないと思ったからです。

プロフィール
北原みのり
北原みのり
ラブピースクラブ代表
1970年生まれ
1993年津田塾大学国際関係学科卒業。編集アルバイト、フリーライターを経て、96年インターネットHP制作会社をたちあげるる。1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)