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捨てていく私
『駐輪場の猫』
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17.05.15 by 茶屋ひろし



毎日、職場近くの高架下にある駐輪場に自転車をとめます。そこには黒猫が住んでいます。上も両脇も車が通る埃っぽくてうす暗い空間です。地面はコンクリートで、駐輪スペースではないところは、すべて緑色のフェンスで囲われています。
この、人が入れない場所が猫に都合がいいようで、結構広いスペース(二部屋くらい)の真ん中にちょうどいい材木が二本置いてあって、時々その上に鎮座しています。

フェンスにはいたるところに、立小便禁止を意味する鳥居のマークと、「ネコにえさを与えないでください」の札が貼ってあります。
おしっこもそうですが、気にしない人は気にしないらしく、いつも猫に餌をあげているおばあさんがいます。
自転車でやってきて、水とねこまんまみたいなのをあげています。器は人目につかないところに置いてあります。
駐輪場の管理に来ているおじさんたちも見て見ぬふりです。

屋根もあるし餌もあるし、道路を渡れば商店街だし、立ち入り禁止のビルの跡地もいくつかあります。埃っぽいのを除けば、あんがい快適なのかもしれません。
餌にありつけているおかげで、体は大きめです。毛も長く、「ぎゃー」と鳴きます。まったく可愛くなくて気になります。

まだ子猫だったころから知っています。
ある日、そのマイルームにカラスが二羽降りてきて、翼を広げながら喧嘩しているところに出くわしました。すると子猫だった黒猫が、とつぜん現れて二羽に飛びかかりました。カラスたちは慌てて飛んでいき、そのあと、子猫が場を持て余したかのように呆然としていて、あとで大笑いしました。

遊んでほしかったんやー、と思いました。

今もよく自転車を入れるときに出会います。逃げないようで逃げる、けど近くでこっちを見ている・・遊んでほしいのか餌がほしいのか、なんなのか、真意はつかめていません。
今年よく売れた動物雑学の本にあった、「ネコは飼い主を、自分より大きくて不器用なネコだと思っている」というフレーズが可笑しくて、黒猫と会うたびに思い出します。

実は向かいにも、同じ管轄の駐輪場があって(言うのを忘れていましたが24時間150円です)、ふだん管理のおじさんが常駐していないそこにずっと自転車をとめていました。
猫もおじさんもフェンスもない。

あるとき出張で、三泊したとき、自転車の空気を誰かに抜かれてしまいました。
空気を入れるところを部品ごととられていたのです。
駐輪場の朝は激戦です。特に天気の良い日は、全部埋まってしまうことも少なくありません。
歩いて30分くらいの我が家まで、べこべこしたタイヤを引きながら想像したのは、三日間動かない私の自転車に怒った人がした仕業だろうということでした。

それでもそれは、正義感というより悪意に近いわ、と腹立たしさも相まって思いました。

その自転車を買った近所の自転車屋に持って行くと、そこのお兄ちゃんは「季節の変わり目には、こういういたずらが増えるんですよ」と言いました。
そうなの? と驚いていると、「対策としてはしばらくそこを使わないことですね」とアドバイスしてくれました。修理のお金は200円でした。

それから黒猫の駐輪場にとめることになったのでした。

関係ないですが、この自転車屋のお兄ちゃん(といっても私よりずいぶん若い)もそうですが、職場近くの自転車屋のお兄ちゃんたちも、おしなべてみな働き者で親切です。表にある空気入れを使おうとしたら、飛んできて「お入れしましょうか」と作業を変わってくれるほどです。

早稲田に住んでいた時は、機械の空気入れは50円入れないと使えませんでした。
梅田はただで、しかも気がいい・・大阪最高、と思いました。
地方最高、かもしれません。

こないだ、仕事帰りにスーパーのライフに寄ったら、入ってすぐのところのベンチにくたびれたおじさんが座っていて、ガードマンに「そこで寝られたら困ります」と言われていました。寝ぼけ眼で「もうしわけない」なんておじさんが謝っていて、身なりからホームレスの人か、家に帰れない人か、酔っているのか、などと邪推しながら、店を回ってレジに向かうと、おじさんはガードマンの男性とともにレジのところに移動していました。
なにやらそこに向かって怒鳴っている若い男子がいます。

「買い物もしてへんのに、寝てるのはおかしいやろ! だから俺が通報したんや!」と、ピンクパンサーの絵がプリントされているスウェット姿で意気揚々です。
怒鳴られておじさんも、「ぐるる」と好戦的になっています。

まただわ、この、悪意に近い正義。お前の店でもないくせに偉そうに言うな、と私はピンクパンサーに敵意を持ちました。
自転車の空気を抜いたのもこういう人間だったに違いありません。なんて。

ガードマンは彼に言われて、おじさんを起こしに行ったようです。
それは、したくはないがしなければならない苦情の処理ということでしょう。
世知辛いというより、幼稚化が横行しているような気になります。

くだんの黒猫は、先日、とめてある他の人の自転車のタイヤでバリバリと爪とぎをしました。ロックされているのでタイヤは回りません。

そんなことをしてたの、あんた・・!

驚きましたが、私はそれを止めませんでした。

プロフィール
茶屋ひろし
茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)
書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!