ガサ16「父への怒り」

妻ゆうちゃんとの暮らしのなかで、たまにやるのが『お父さんみたいなことをする』ことだ。やり方は簡単で、「お父さん」の真似をするのである。お父さんは、家族の団欒中に、突然「で、どうなんだ? 最近は?」と脈絡のない(関心もない)漠然とした問いかけをして、雰囲気を乱したりする。お父さんは、「ん、母さん、お茶くれや」とTVを見ながら湯のみを差し出したりする。お父さんは、自分だけ身支度を済ませると、とっとと玄関先に出て「早く、行くぞぅ」と家族に号令をかけるが、お出かけに必要な持ち物を準備したり、家の戸締りをしようとはしない。お父さんは、みんなが揃った頃になってトイレにこもったりする。お父さんは、スーパーで、両手を後ろ手に組んだままプラプラと歩いているだけで、役に立たない。お父さんは気が向くと、「ん、何か欲しいものでもあるのか?」と聞くが、答えようとするとゴルフ用品売り場などへ姿をくらましている。お父さんは、突然、声を荒げてみせるが、後半部分はよく聞き取れない。お父さんは、なんだか邪魔くさい。・・・と、こういう「お父さん」の真似をするのである。私もゆうちゃんも、関東と北陸というまるっきり異なる地域で生まれ育ちながら、「お父さん」のもつ共通性にはいつも驚かされる。「お父さん」は地域性や文化をも超えるようだ。たまに、『お母さんみたいなことをする』こともあるが、やってみるとわかると思うが、「お父さん」のほうが断然おもしろいのでお勧めである。「お父さん」の脈絡のない、無頓着な、空気を読まない、横暴な行動は、やられるほうにとっては迷惑極まりない言動であるが、やるほうは気楽で愉快である。周囲に気を遣わないとはこういう体験なのか、と心底シビれる。たまにやってみると、ストレス解消になる。(この点、「お母さん」ごっこでは、お互いに苛立ち、つらい気分になってしまうのが苦しい。) しかしながら、「お父さん」ごっこが、リアルな「お父さん」言動になってしまうと、完全に離婚の危機に陥るので注意が必要である。

私が父について想うとき、父がどんなにハチャメチャでスチャラカな人であったにもかかわらず、なぜか苦笑しながら赦してしまうところがある。母に対する厳しすぎる視線とは裏腹に。苦労して子どもを育て続け、守り続けようとした母に比べて、父は子育てや家庭を顧みない人だった。正確にいえば、“気まぐれに”子どもに関わり、“自分中心に”家庭をふりまわす父であった。大酒飲みで、日本酒がなくなれば台所にある料理酒まで舐め、自衛隊の演習場で捕獲したマムシを闇で売りさばいては酒代にしていた。釣りが趣味で、「鯛を釣るにはカステラがよい」と聞けば、子どもが口にしたこともないカステラを、よだれを垂らさんばかりに眺めている子どもの目の前で、平気で丸めて餌として仕込む無情な人だった。給料の大半は父の酒とギャンブルに消え、家族は極貧生活を強いられた。それなのに、子どもの目には、いや、私の目には、そんなチャランポランな父の「楽しそうな顔」のほうが、日々の生活を耐え忍ぶ母の「苦しそうな顔」よりも好ましく映った。そんな私の無邪気な思いが、どれだけ母親にとっては無慈悲で理不尽なものであったことだろうか。(同じ家庭に育った弟のほうは、父親の“悪行”に対して、母親に同情する気持ちを強く持っているようだ。)

そんなわけで、「お父さん」は、私にとっては(母親に対するシビアな感情とはかけ離れた)いたって“のんきな”存在であり、お気楽に「お父さんごっこ」を満喫する日々だったのである。ところが最近、思いもよらないことで私の“内なる父親への怒り”に気づかされた事態が起きたのだ。

私は妻ゆうちゃんと“結婚”という同居つき関係性をもって、かれこれ7年になる。その間に、私の急な転職にともなう単身赴任による別居・通い婚生活も2年間ほどあったが、驚くべきことに、私たちはこれまでに一度も「けんか」をしたことがない。お互いのあいだで「もう、やっていけない」と絶縁を考えたことはもとより、相手に文句を言ったり、腹を立てたりしたこともない。やつあたりをしたこともないし、家のなかで不機嫌でいることもない。何か問題があれば、必ず話し合うし、誤解があれば謝り合う。7年間のうち、ここ6年半くらいはセックスレスであるものの、毎晩一緒のベッドで眠り、本当に仲良く暮らしている。こんな“絵に描いたような”平穏な生活は、もちろん自然発生的に得られるわけではなく、私も(おそらく彼女も)かなりの努力をしているのは事実である。「けんか」をしてこそ深まる関係性というのもあるわけで、「けんか」をまったくしないということは果たして本当に仲がいいのか、といぶかる人もいるだろうが、私たちはできるかぎり暴力的なやりかたを用いずに、わかりあうとか伝え合おうとすることを暗黙のルールとしている。実際、それが自然なことかどうかはさておき、暴力のない生活というのは心地よくて、何にも代えがたいものだと実感している。

そんな私たちの生活のなかで、しかし、唯一、「不穏」な一瞬が存在するのである。これは今に始まったことではなく、結婚当初からのことだったのだが、自分でも気づかないくらい、「そのとき」になると私は頭にカッと血が上り、怒りというよりも憎しみのような感情で身体がふるえ、どうしようもないくらい冷徹な気持ちにさせられてしまうのだ。「そのとき」とは、「ゆうちゃんが寝室以外の場所でウトウトしたとき」という、ごく日常のありふれた場面である。私はそれを目にすると、強烈なやり切れなさと腹立たしさに襲われてしまうのである。私の突然の変貌ぶりに、しかも、ウトウトしただけという何の罪もない状況に、ゆうちゃんは怯え、怒り、私に問いかける。しかし、私もまたやり場のない怒りをもてあましながら、どうして「そのとき」だけ突然、感情のコントロールが効かなくなるのかわからなくて、途方にくれてしまうのだった。「寝るなら、ベッドで寝たほうがいいよ」という私の説明(言い訳)は、私のキレ具合にはそぐわないものであるのはわかっているが、本当にそうとしか言えないのである。平穏な生活における唯一の「不穏」な瞬間の正体は、長いことわからないまま、ふたりの間の「地雷」として埋まっていたのである。

そして、最近、私の弟夫婦の家に遊びに出かけたときのこと。私とゆうちゃん、弟と妻の4人で夜中までおしゃべりをしていたら、弟の妻がその場でコックリコックリと眠りかけたのだ。姉夫婦(妻妻)も来て、気を遣っていたところもあるのだろう。その場で寝かせてあげようとしたその時、それまで機嫌よくしていた弟が突然、「ここで寝るなよ!」と声を荒げたのだった。驚きと衝撃で、私は言葉を失った。隣でゆうちゃんも息を呑んだのがわかった。沈黙のなか、弟の妻は「・・・わかってるから」と不満げに腰を上げ、布団が敷かれていた隣の部屋へ移動した。「いつも、そんなに怒らなくてもいいじゃん」とつぶやきながら。「・・・今の、どういうこと?」?しばらくして、私はそう口にするのが精一杯だった。「よくわからないけど、私も彼女が眠りかけるとキレてしまうの。でも、どうしてか全然わからないの。今の、まるで私と同じだった!」

聞けば、弟もふだんはキレることなどないのに、妻が布団以外の場所で寝てしまうと、どうしても怒りがコントロールできなくなるのだという。どうしてなのだろう? 「・・・この感じ、どこかで感じたことあるよね、なんだったっけ」?そう、この怒りはうんと昔に小さな私が感じたものだ。「親父が酒飲んで帰ってきて、玄関で酔いつぶれたときだ・・・」 きっと、そのとき、私と弟の目の前には同じ光景が映っていたのだろう。グデングデンになって帰ってきた父親を、眠らずに待っていた母親と寝ぼけた子どもたちの細い腕で、必死に寝室まで引きずっていった夜のことを。あのときの無力感と情けなさ、心細さや父親への心配、そして母親への同情と毎度のことに対するあきらめや辟易の思い。その底に、ものすごく大きな怒りがあったことに、こんなにも長い間、気づけずにいたのだ。「ホントに、どうしようもない夜ばっかりだったね」と寂しく笑いながら、弟としばらく「お父さん」の話をした。嫌な思い出も、楽しい思い出もあった。
その後、私はゆうちゃんが眠ってしまっても、あまりキレずに接することができるようになった。そして、たまに「お父さんみたいなこと」をして遊んでいる。


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