先日(28日)、フジテレビの朝の報道番組「とくダネ!」で映画『SEX and The CITY』(SATC)の特集が組まれていた。“SATCにハマる30代女性たち”ということで、SATCのファッションやNYのショップのスィーツが注目されているという話、そして映画の登場人物さながらに女同士でカフェに集まり恋愛談義に興じる30代日本人女性たちの姿、などが紹介されていた。SATCといえば、まさに“ファッションと恋愛”という感じで、“セックス”についてはまるで触れられず。佐々木恭子アナが「赤裸々な話がまた魅力なんですよね」的なフォローをしていたが、“赤裸々”という言葉にスタジオは軽く失笑。SATCがNY風ですごくステキ!という演出と、オンナのセックスに対する失笑のコントラストが絶妙であった。取材に応じた30代後半の女性たちは、そこそこ身なりにお金をかける余裕があるふうで、昼下がりにオシャレなレストランやカフェに集う時間的余裕もある人たち。そこでお互いの恋愛話をするのが“SATC風”ということなのだが、そのやりとりが「つい、好きな人からの電話を待っちゃうんだよね〜」「でも、待ってる時点でダメなのよねぇ」なんて、ゆる〜いネタだったりして、全然“SATC風”ではなかったりする。ドラマの主人公が住むNYのマンション風の部屋、ということで紹介された女性の自室が、たんに窓際に机を置いただけのワンルームっぽい部屋だったりして(たしかに窓と机の位置はドラマと同じであるが)、これまた セレブな“SATC風”とかけ離れたものだった。そういう会話やそのような部屋が彼女たちの好みであるのは一向にかまわないのだが、30代後半女性たちが、何かこう、言い訳のように、自らのライフスタイルをSATC風であると語らねばならないのは、ちょっとツライ気がする。NY風やSATC風と名乗らなければ、ただの“負け犬風”。女性たちが、自分のお金と時間と意思で自由に生きている姿を見るのは、とても楽しいことのはずなのに、SATC風を隠れ蓑にしなければならないとしたら、それこそ、SATCの魅力とはまるで逆のものであるだろう。まぁ、これは取材に応じた女性たちがそうだというのではなく、彼女たちを取材し、演出した側の“視線”の問題なのだと思うけれど。自由な女性たちを見たときの、「中身は空っぽなくせに」的な視線が、番組の構成に影響している。だからこその“失笑”だったのだと思う。
特集VTRのあと、カメラは再びスタジオに。盛り上がってみせる女性アナやゲストとは打って変わり、男性(オヤジ)コメンテーターは軒並み「ドラマを見たけど、ついていけないと思った」「抵抗ありますね」と否定的な発言。そこへ、得意満面の小倉智昭キャスターが「僕なんかは面白いと思いましたけどね。街に出ると、ついサマンサがいないかって探しちゃいますよ」と言う。“僕なんか”ってあたりに、意味不明のプライドを感じる。オレはNY風がわかるぞ、というような。サマンサというのは、SATCの登場人物のうち、もっともセックスに貪欲な女性で、自分好みのセクシーなオトコであれば、積極的にアプローチしてモノにする人。肝心なのは、相手が“セクシーなオトコ”であり、彼女が“選ぶ”ということだ。だから、小倉智昭がいくら街中でサマンサを探したって、ヤッてもらえるわけがない。どうやら彼は、サマンサをただのヤリマンと思っているようす。“僕”は、選ばれる立場に過ぎないのだけれどね。『SATC』をきちんと観て、そのあたりのことを学んでほしいものである。
ところで、最近、“セクハラ”CMが堂々と流れているのをご覧になっただろうか。CMがセクハラっぽいという話ではなく、まさにセクシャルハラスメント行為が堂々と繰り広げられているCMである。レンタルショップ『TSUTAYA』のもので、現在、DVD無料レンタルのキャンペーンが紹介されている。料理番組のようなセッティングと音響のなか、「先生」と呼ばれる調理師の格好をした中年男性と、エプロンをつけたロングヘアの若い女性が並ぶ。二人で、インターネットでDVDのレンタル情報を検索したり、薄暗い部屋のソファーに並んで腰かけてDVDを鑑賞したりしながら、TSUTAYAからのDVDの受け取り方や返却方法、料金などを説明するものだ。(ショート版CMはTSUTAYAのサイトで視聴できる)
突然に始まる料理番組的なノリと軽快な音楽に乗って、情報がテンポよく提示されるなかで、「先生」たる男性が、幾度も執拗に、隣の女性の手や肩を触ろうと手を伸ばすのである。立場的にみて「アシスタント」役である女性は、説明をしている最中、何度も男から身体を触られそうになり、そのたびに「先生!」ときつい口調で言いながら彼が伸ばしてきた手を叩く。にもかかわらず、「先生」はニコニコとした表情ひとつ変えることなく、場面が変わるたびに、ニコニコ顔のまま、そぅ〜っと彼女のほうに手を伸ばすのだ。そのやりとりが繰り返されるという、DVDレンタルと何の関係性もない演出なのである。
説明するまでもないほど、まさにセクシュアルハラスメントである。嫌がっている人の身体を触ろうとすることはもちろん、加害者が相手が嫌がっていることにまるで無頓着であること、表面的にはニコニコと優しく近づくこと、そしてこうした加害者の行為が“まるで問題ない行為”として堂々とCMに起用されるということこそが、セクハラのもつ特徴をよく示していると思う。「先生!」と手を叩かれて抵抗されてもなお“気づかない”鈍感さ、あからさまな脅迫ではなく“ゆるやかに追い詰めていく”執拗さ、そして“誰もこんなこと問題に思わないさ”という男の理論を味方につける社会的な優位性。一方、「アシスタント女性」は、身体を触られる危険性にさらされるだけではなく、自分の仕事をキチンとこなしながら、つねに「先生」による侵害に抵抗しつづけなくてはならないという負担を負わされる。女性はハッキリ抵抗できたのだし、結局は身体を触られなかったのだからよかった、という問題ではない。本来なら、「先生」に煩わされることなく仕事ができる当然の環境を、彼女は奪われている。「先生」の動きに気を配り続け、「先生!」と叫び続け、「先生」から身を守り続けながら働かなくてはならないという理不尽さは、働く女性にとっての大きな損害であり、ハラスメントである。
私はTSUTAYAのカスタマーサービス宛に、以下の3点について返答を求めるメールを送った。まず、商品説明とは無関係であり、暴力行為であるセクシュアルハラスメントをCMで演出した意図は何か、セクシュアルハラスメントを容認あるいは助長するCMの社会的影響をどう考えるか、そして同様の批判が寄せられているかどうか。そして、このCMの放映中止を求めた。TSUTAYAからは翌日に返答があり、「弊社CMにおきまして不快の念を抱かせましたこと、誠に申し訳ございません。」との謝罪があった。しかし、「今回のCMでは一般的な料理番組のようなシチュエーションに企業メッセージの台詞や演出を加えることで、弊社サービスへの関心をおもちいただく事を目的としております。」との説明のみで、私の質問への回答はなかった。CMの中止に関しても、「企業CMは大勢の方の目にとまるものでございます為、視聴者の方々の心理をより考慮しつつ取り組んでゆきたいと思います。お客様より頂戴いたしましたご意見につきましては、社内共有の上、今後のCM制作の際、参考とさせていただきたく存じます。」とお茶を濁された。会社側の言う“不快の念”というのが、ハラスメント行為への恐怖や、“料理番組のように”茶化されることへの怒りであることが、どこまで通じたのかわからない。ただ、視聴者が「おかしい」と声をあげつづけることは大切だと思う。「先生!」と非難し続けても、相手はちっともわかってくれない、ということもあるかもしれないけれど、それでも抵抗し続けたいと思う。
(同社CMへの意見は、上記サイトのホームページ下段の「お問い合わせ」から投稿することができます。)