シッターさんとして、マイマイに通いで来てもらうようになって約1カ月。私は連日、家の冷蔵庫を開けては、ひとり叫び声をあげていた。
「キャ、キャベツが……!! 昨日より少しだけちっちゃくなってる!」
冷蔵庫の中の変化に、私は驚嘆していた。マイマイに台所を任せるようになってから、冷蔵庫と食材は私が管理していた頃に比べて、格段に有効活用されていたのである。
かんかん森のコモンミールは週に2、3日。それ以外の日は、マイマイに夕食を作ってもらっていた。マイマイは18時にコトリンを保育園のバス停までお迎えに行き、そのまま2人で近所のスーパーマーケットまで買い物に行く。そのときに立て替えてもらうお金は、その日のうちに精算することにしていた。
「マイマイ、今日は何か買い物した? 精算しよっか?」
私が帰宅して尋ねると、マイマイはレシートを差し出す。
「5250円ね。1枚、2枚、3枚……」
財布の中から千円札を取り出そうとする私を、マイマイは慌ててさえぎった。
「ちっ、ちがいますっ! 525円です! スーパーでそんなにお金使いませんからっ!」
「へ? たったの525円?」
私は驚いて、レシートの内容をひとつひとつ確かめてみる。
もやし 35円
えのきだけ 87円
いんげん 146円
なめこ 88円
生餃子 169円
合計 525円
「ホントだ! そんなもんで1食分作れるんだぁ……」
私の中の何かが、ガラガラと音をたてて崩れ落ちていく気がした。なにしろ私がスーパーに行くと、毎回必ず5000円〜1万円は買い物をしてしまうのだ。買い物に行くのがおっくうで、“まとめ買い”をするクセが付いているためである。ひとたびスーパーに足を踏み入れると、各国の香辛料や便利なキッチングッズについつい手が伸びてしまう。さらには「これ買って〜」と叫ぶコトリンをなだめたり、「ママ、おしっこ?!」と涙目で訴えるコトリンを抱えて店の奥のトイレに駆け込んだりしているうちに、4、50分はあっという間に経過してしまうのだ。
しかし、いくら“まとめ買い”をして冷蔵庫の中が充実していても、疲れている日は食事を作る気になれない。結局外食することになり、生モノの消費期限は切れ、野菜や果物も冷蔵庫の中で干からびてゆくのだった。それだけに、我が家の冷蔵庫の中の食材がコツコツと堅実に消費されてゆく過程は、衝撃的だったのである。
衝撃ついでに、私はそれまで疑問に思っていたことをマイマイに尋ねてみた。
「ねぇ、マイマイ。ごはん作ってるのに、どうして生ゴミが出ないの?」
この1カ月、生ゴミが出ないばかりか、冷蔵庫には残りものすら入っていないのが不思議だった。それまで私は食事を作るのもおっくうなので、1、2ヵ月にいっぺん食事を作っては、10食分くらい“作り溜め”をして冷蔵庫に保存していた(そして、結局食べ切れずに捨てていた)。
そんな私の疑問に、マイマイはあっさりと答えた。
「残りものが出ないのは、食べられる量だけ作っているからです。生ゴミは毎日帰りがけに、こっそりコンビニのゴミ箱に捨ててきてます」
マイマイは、握りこぶし程度にまとめた生ゴミを私に見せて、
「ホラ、こんなにちょっとだし」
と、笑っている。
買いもの・調理・食事・後片付け
この4工程をこなすため、私はずっと悪循環を繰り返していたのかもしれない。
つまり、手際が悪いのであった。
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ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り、「宅配便でーす」という声が聞こえた。先日遊びに行った夫の実家から、お米とミカンとアサリが届いたのだ。
お米:麻袋に40キロ。
ミカン:ダンボール箱に3箱。
アサリ:発泡スチロールのケースに5キロ。
義父母から送られてくるものの量といったら、毎回尋常ではない。以前夫と暮らしていたときは、この量を消費しきれずにいつも腐らせていたが、かんかん森なら食べてくれる人が大勢いる。
それにマイマイも……。
「ミカンとお米、オトコジュクに持っていくでしょ?」
マイマイはその頃、「漢塾(オトコジュク)」というシェアハウスに住んでいた。そこは家賃20万円のボロ家で、15、6人でシェアして住んでいるという。いったいどんな人が住んでいるのかとマイマイに尋ねると、
「貧乏な東大生と大学院生です。『俺たちは東大のクズ。いや、人間のクズだ』って、いつも呟いているような人たちで……。フフフ、しかも相撲部なんですヨ」
私は思わず、狭い部屋に15、6人の巨漢がひしめき合っている光景を思い浮かべた。
「……なんだか楽しそうだけど、この時期は暑苦しそうだねぇ」
「いや、相撲部っていっても、みんなガリガリに痩せてるんです!」
マイマイは「私もここに住みたい!」と漢塾の彼らに頼み込んで、紅一点で暮らし始めたという。後にもうひとり女性が入居し、今はその彼女と2人で6畳1間の部屋をシェアしているそうだ。家賃は月2万円。もちろん、トイレや風呂は共同である。
「今の時期は蒸し暑いから、お風呂にゴキが出るのが悩みの種なんです」
「ゴキ……、いやぁぁぁぁぁ!!!!! それならうちのお風呂を使ったら? コトリンを寝かしつけてから、ゆっくり一人で入っていくといいよ!」
あぁ、それならいっそ、うちに住み込んでくれたらいいのに。賢いマイマイが私の「奥さん」になってくれたら、暮らしがラクになるんだけどなぁ……。
そんな勝手なことを考えつつ、私はガリガリの相撲部員のために、お米とミカンを袋に詰めた。