2007年10月31日、大安吉日。夫には一切告げず、区役所に離婚届を提出してきた。
なにしろコトリンを連れて家を飛び出てから、かれこれ3年近くが経とうとしている。新しい生活を乱されたくないという思いと、極めて円満に離婚したいという思いから、これまでなるべく波風を立てないようにしてきた。だけど、そろそろ時間切れ。私は、そろそろ2人目の子どもを産みたいのだ。
タイムリミットが近づきつつある、と最近感じ始めている。そろそろ産まなきゃ機能が衰えてしまう。いや、もう1人産むくらいなら、あと4、5年先の40代で産むこともできるだろう。だけど、産みたいのは1人じゃない。あと4人。産める機能があるのなら、産んでみたい。産める機能が持続しているうちは、産み続けたい。
ママと子どもと、子どもと、子どもと、子どもと、子どもと、ナニー。
ああ、これってめちゃくちゃ楽しそう。そんなわけで、離婚届を出してきた。
29歳:コトリン出産(済)
35歳:第2子出産予定
37歳:第3子出産予定
39歳:第4子出産予定
41歳:第5子出産予定
だいたいこんな計画である。うまくいけば、あと7?10年で実現できるかもしれない。その短いような、長いような年月を想像してみると、種の提供元は同一かもしれないし、もしくはそれぞれ別の種になるかもしれない。
もしも私が安定を望み、ひとつの種元と婚姻関係を結んだとしたら、たとえ種元との恋愛感情が消え失せたとしても、法律に縛られて別の種元を探すわけにはいかなくなってしまう(或いは、またもや婚姻解消に伴うわずらわしい手続きに追われることになってしまう)。
「あら、結果的には同一の種元だったわ」
というのならともかく、最初から種元を限定されるだなんて、まっぴら。種ならなんでもいいというわけではないからだ。
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かんかん森にいた頃、そんな話をシッターさんのマイマイに話したことがあった。
するとマイマイは、
「へぇー、それって自由でいいかも! それに、いろんな国の子どもが家族になる可能性もあるって考えると、すっごく楽しい!」
と、瞳を輝かせた。「だけどそれって」などと否定的なことをゴチャゴチャ言わず、ポンッと軽く切り返してくれたことが、とても嬉しかった。
夫と別居し始めてから今に至るまで、いわゆる世間の「善意」や「常識」からあれこれ言われてきた。
「家を飛び出るなんて、短気だね」
「夫婦なんだから、もっと話し合ったほうがいいよ」
「恋愛結婚なんでしょう? やり直せないの?」
「子どものことも考えないとねぇ」
こうして投げかけられた言葉に対して、これまでの経緯や私の考えを伝えようしたら、それを理解してもらうまでに何日もかかるだろう。しかし多くの場合、そんな私の説明を求めて言っているわけではない(ということが最近ようやく分かった)。
それより何より、私の問題なのにどうして世間を説得する必要があるんだろう?(別に納得してもらわなくてもいいんだ、と最近ようやく思えるようになった)。
そんな中マイマイは、むやみに詮索や否定をすることがなかった。自分の恋愛観や結婚観を押し付けてこないところが、私には心地いい。人は人、が大前提。
こんなマイマイなら、「ナニー」として住み込みでお願いするのもいいかもしれない。住み込みで家事や育児をお願いできたらどんなにラクか、という気持ちも日に日に強くなってきていた。仕事に追われる男が「結婚したらラクになるだろうな」と都合よく考えるのも、ちょっと分かるような気もする。とはいえ、朝も夜も土日も、いつも子どもがいる家なんて、マイマイはわずらわしく思うかもしれない。
「もしも迷惑じゃなかったら……、一緒に暮らさない?」
「返事はすぐじゃなくていいんだけど……、一緒に暮らさない?」
気が付けば、彼女からの返事に自信を持てない男が言いそうなプロポーズの言葉を、私は考え始めていた。