離婚届を提出したので、やっと胸張って「シングルマザー」を名乗れるようになった。
しかし、すがすがしい思いでいたのも束の間、今度は元夫が調停を申し立ててきた。
事件名「離婚無効確認 調停事件」
つまり、離婚を取り消すための調停である。家庭裁判所から届いた通知に、私は思わず吹き出してしまった。子どもの親権について話し合うのならともかく、離婚を取り消すために話し合うだなんて。どうしてそこまで「結婚」という形に固執するのだろう。謎である。恐怖ですらある。きっと「離婚だなんて恥ずかしい」という思いが、彼を縛り付けているのだろう。そんな「信仰」に捉われず、もっと自由になったらいいのに。
しかし、もう既に離婚は受理されているのだ。裁判ならまだしも、それを調停で引っくり返せるわけがない。調停はあくまでも「話し合いの場」なのだから。それに私のあらゆる名義は、もう既に「はたい」に戻りつつある。久しぶりに区役所で「はたいさーん」と呼ばれたときは、ジーンときた。これからは病気になったら病院で「はたいさーん」と呼んでもらえるし、交通違反をすればおまわりさんに「はたいさーん」と呼んでもらえるのだ。たかが名前と思っていたけれど、それがこんなにも嬉しいだなんて! 何度も何度も乾杯して、たくさんの人に離婚祝いをしてもらった。
そしてコトリンも、私の戸籍に入れる手続きを済ませた。私の新しい戸籍(本籍地)は、コトリンの大好きな東京タワーの所在地にした。今回初めて知ったのだが、本籍地なんてどこの住所にしたって構わないそうだ。ある弁護士さんに聞いた話では、皇居の住所と東京タワーの住所が人気らしい。ちなみにコトリンがなぜ東京タワーを好きかというと、保育園でうたう「お寺の和尚さん」のフレーズにあるからだ。
お寺の和尚さんが
かぼちゃの種をまきました
芽が出てふくらんで
花が咲いたら枯れちゃって
忍法使って空飛んで
東京タワーにぶつかって
ぐるっと回ってじゃんけんぽん
このうたの影響で、コトリンは赤ちゃんのころから東京タワーを見ると興奮するのである。それで、新しい本籍地は東京タワーに決めた。
調停といえば、私はこれまでに2度申し立てている。別居後3ヶ月目、初めて申し立てたのは「離婚調停」ではなく「円満調停」だった。夫婦関係を調整するための調停の中には、よく知られる離婚調停(夫婦関係解消)のほかに、円満調停(円満調整)というものがある。私はまず、円満調停の中の「婚姻費用の分担」について話し合った。「結婚」という契約の中には、夫婦が別居期間中も同じレベルの生活を続けていけるよう生活費(婚姻費用)を分担する「生活保持義務」がある。この婚姻費用とは、たとえば衣食住にかかる費用や医療費、交際費、子どもの養育費にあたる。
そんなもんに頼らず、スパッと家を飛び出して自分の経済力だけでやっていけたらカッコイイ。しかしこの時の私には、月6万の家賃を毎月払えるかどうかさえ不安だった。
離婚すべきか、それとも夫のいる家に戻るべきか……。
いや、何も解決せぬまま、元には戻れない。
そんなわけで、生活費の心配をせず冷静に考えるため、円満調停を申し立てたのだった。その結果、離婚するまでの間(または元のさやに納まるまでの間)、月12万円を夫が私に振り込むということで決着がついた。
それから1年も過ぎると、私の稼ぎも安定して、離婚の意志もすっかり固まっていた。
「もう12万はいらない。とにかく離婚したい」
そう電話で伝えると、夫は「絶対に離婚はしない」と言い張り、その翌月から20万円を振り込むようになった。その頃はお金に困っていたわけではないが、まー金があるに越したことはない。これまでどおり別居を続けられるのなら、月20万で名前を貸し出す「偽装結婚」をしているようなもんだ。そんなふうに考えて、とりあえずアクションを起こすのをやめた。
しばらくそれで生活したものの、やっぱり子どもを産みたくなって「離婚調停」を申し立てた。しかし夫は、断固として離婚に応じない。あえなく離婚調停は不成立になった。こうなると裁判を起こすか、それとも勝手に離婚届を出すかだ。どちらにしても、もめるだろう。結局、仕事も忙しいので、とりあえず離婚はあきらめていた。
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マイマイに住み込みのナニーをお願いしたのは、ちょうどこの頃だ。
私が「プロポーズ」をした数日後、マイマイは
「迷惑かけちゃうかもしれないけど、私でよければ……」
と、これまた「プロポーズ返し」みたいに殊勝な返事をしてくれた。
3人暮らしを始めるため、1年暮らしたかんかん森は出ることにした。マイマイと2人で物件を探し、引越しはマイマイのお父さんに手伝ってもらった。初対面のお父さんは、
「ナマイキなオンナですけど、どーぞよろしくっ!」
と言って、私に深々と頭を下げた。
「あわわ、えぇっと、こちらこそフツツカなオンナですが……」
よく分からない挨拶をして、3人の暮らしがスタートした。