●[第18回目]ナニーからの相談ごと

「相談があります。今日、帰りは遅いですか?」
育児と家事を任せているナニーのマイマイから、ケータイにメールが届いた。私は慌てて仕事を切り上げ、オフィスのある30階から地上まで、高速エレベーターで一気に下りた。
「なんだろ、相談って……。まさかナニーをやめたいとか?」
気になって気になって家に帰るまでの間ずっと、私はマイマイとの生活を振り返っていた。

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マイマイと一緒に暮らし始めて何よりも変わったのは、帰宅時間だ。
いや、一緒に暮らしてからというより、「通い」で来てもらっていたときから、私の帰宅時間は激変していた。マイマイに出会うまでは、たとえ打ち合わせの途中であろうとも、どんなに仕事がはかどっていようとも、お迎えの時間には必ず私が保育園に駆けつけていたのだから。

お迎えの時間から解放されるようになって、私の生活は子どもを持つ前の生活に戻った。
それは、仕事中心の生活である。
夕飯も食べずに深夜まで仕事をして、お腹を満たすため……というよりは気持ちを切り替えるため、一杯飲みに行く。ときには夜中の2時3時までオフィスにこもり、パンとサプリメントで空腹をごまかしながら仕事をして帰る。
あれ? むしろ子どもを持つ前よりも、めいっぱい仕事をしてるような……。

そうはいっても「通い」で来てもらっている以上、マイマイが家に帰る時間も意識しなければならない。その頃マイマイが住んでいたシェアハウス「漢塾(おとこじゅく)」は、私が暮らしていた「かんかん森」から歩いて30分くらいのところにあった。
「帰りは夜中でもぜんぜん構いませんよ」
と、マイマイは言ってくれるものの、夜な夜な20歳の女の子をひとりで歩いて帰らせるなんて、何かあったら責任を感じてしまう。
「夜道は危険だから、これ使ってタクシーで帰ってね」
そう言って毎回千円渡すのだが、どうせマイマイはそのお金をお財布にしまって、歩いて帰っていることだろう。なぜって、20歳の頃の私だったら、そうしたと思うから。

超ミニを履き、ヘソや胸の谷間を見せるファッションのときはもちろんのこと、てろーんとしたジャージ姿のときも心配でたまらない。
「襲われそうになったら二本指で相手の目を潰すか、睾丸蹴りあげて逃げるんだよ!」
年頃の娘を持つおとーさんおかーさんというのは、この手の不安を感じてガミガミと説教するものなのだろうか――。
「だけど私は大丈夫です。私、そーゆーコワイ思いって、今まで一度もしたことないから」
私の不安をよそに、マイマイは悠長にもこんなことを言ってのける。

一緒に住むようになってからは、そんな心配もなくなった。18時のお迎えから翌朝の見送りの時間まで、平日の夜間は家にいてもらうことを条件のひとつに入れたからだ。といってもそれは、マイマイの夜遊びを禁じるためではなく、私自身が誰にも気兼ねすることなく、仕事&夜遊びできるようにするため、なのだけれども。

――って、これがいけなかったのか?!
もともとマイマイは友だちも多く、社交的な女の子だ。明け方までクラブで踊ったり、男女問わず大勢で集まって朝までおしゃべりしているようなタイプ。都心近郊の実家を離れてわざわざ貧乏暮らししているのも、きっと始発で帰るたびにガミガミうるさい親元を離れたかったからだろう。
それが私と暮らすようになってから、平日は毎晩家に拘束されているのである。
そんな生活が、いい加減耐えられなくなったんじゃなかろーか?


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あれこれ考えているうち、家に到着。真っ先にコトリンの部屋を覗くと、コトリンはスースー寝息をたて大の字になって眠っている。そんなコトリンの寝顔にチュッチュチュッチュとキスしていると、私の帰宅に気が付いてマイマイが部屋から出てきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
囁き声で言い合ってからリビングに移り、マイマイの「相談」を聞くことにした。

「1ヵ月、お休みをもらっても大丈夫ですか? 運転免許の合宿で、新潟に行こうかと思ってるんです」
「お休み? なーんだ、そんなことかぁ」
マイマイの「相談」の中身を聞いて、体の力がフーッと抜けた。
「ナニー辞めたいっていうのかと思ってヒヤヒヤしちゃった。1ヵ月だったら何とかするから大丈夫。ただ、週に1、2回はお迎えに行けない日があるから、どうしよっかなぁ。……あ、ハル君って最近ヒマしてないの?」

ハル君というのはマイマイの友だちで、20歳の男の子。気が向いたときに日雇いバイトをして過ごしているので、以前もマイマイの都合が悪いときに数時間、コトリンをみてもらったことがある。ハル君はやさしいし、めいっぱい遊んでくれるので、コトリンは大好きなのだ。
「うーん、たしか遊園地のバイトが決まったって言ってたような。一応聞いてみますね」

nanny191.gif結局、マイマイのいない1ヵ月間、週2、3回はハル君に頼めることになった。遊園地のバイトは、なんと数回行っただけでクビになったという。研修期間中のおしゃべりがたたったらしい……。ホントはお迎えだけお願いするつもりでいたのだが、買い物も、洗濯も、ご飯も作ってくれるというので、まるごと頼むことにした。

「それにしてもイマドキの男の子って、生活力があるんだねぇ! いつも自炊してるの?」
「あー、自炊っつても、たいしたもん作んないっスよ。昨年は1年間、ニューヨークで貧乏暮らししてたから、自分でぜんぶやるしかなかったし。毎日やってれば、誰だってそれなりに……」
いわゆるバックパッカー体験で生活力を鍛えたハル君は、シッターだけでなく家政婦(家政夫?)としても適任の男の子だったのである。


INDEX
[2008/05/03]
[最終回]さよなら、ナニー
[2008/04/15]
[第20回目]コトリンの変化
[2008/04/07]
[第19回目]“シッター”兼“家政夫”のハル君
[2008/03/05]
[第18回目]ナニーからの相談ごと
[2008/02/06]
[第17回目]“男並み”に稼げるようになったら……
[2008/01/01]
はたいゆみからアンティルさんへ
[2007/12/06]
[第16回目]離婚への長い道のり
[2007/11/07]
[第15回目]離婚記念日〜そして出産計画
[2007/10/16]
[第14回目]シッターさんは求職中。
[2007/10/12]
[第13回目]冷蔵庫の中の変貌ぶり
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