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見上げない、神格化しない。でも戦う誰かを孤独にしないために
17.08.31 by 玖保樹鈴



 玖保樹です。最近ぼんやり生きてます。これも水星逆行中だからでしょうか、って、ホロスコープのせいにしちゃいかんですね。ちなみに「逆行」というのは、星が地球から見たら本来とは逆の動きをしている期間のことを指します。年に3,4回起こる水星逆行の時には、コミュニケーションや交通機関が混乱しやすいと言われていますが……。

 さてそんな折、実家でテレビを見ていたら隣にいた父親が、なぜだか関心を示したニュースがありました。それはテイラー・スウィフトが、2013年に痴漢行為をはたらいた相手に対し、賠償金1ドルを求めた訴訟に勝ったというものでした。テイラーをよく知らないであろう父は、「なぜ1ドル?」と思ったのでしょう。「金ではなく、痴漢は犯罪だということを世に知らしめるためのもので、セレブな彼女は性的暴行被害者団体に寄付もしている」と説明しておきました。

 そんなテイラーが、公開されたばかりの新曲『Look What You Made Me Do』のPVで、またやってくれました。




2009年にMTV Video Music Awardの授賞式に乱入し、彼女が最優秀女性ビデオ賞を受賞したことに対して「ビヨンセのビデオが一番最高なんだ。一番最高なんだよ!」とわめいた、カニエ・ウェストをdisる内容になっていたのです。

 この授賞式後、2人は和解したかのように見えていました。でも2016年にカニエは、よせばいいのに『Famous』という曲に「あのビッチ(テイラーのこと)を有名にしたのは俺だ」という歌詞を入れたそうで。本当、BAKAとしか言いようがない……。しかもこの曲のPVには、嫁のキム・カーダシアンだけではなくリアーナやその元彼のクリス・ブラウン、ドナルド・トランプやVOGUE編集長のアナ・ウィンターのそっくり蝋人形が、カニエと並んで裸で横たわるシーンがあります。もちろんその中には、テイラーもいて。許可取ったんか?(取っていなかったという報道がありましたが)いや取っててもこんなんフツー怒るだろ、ってなわけでテイラー様、やはりお怒りだった模様。その後はキム・カーダシアンも巻き込んだバトルが繰り広げられていたのですが、今回は見事に、テイラー側から音楽で仕返しした形になりました。

 肝心の歌詞は「あなたのくだらないゲームが嫌い」「あなたが嫌い」と、名指しはしてないもののなかなかストレート。でもそれ以上にいい感じだったのがPVの中で、2009年の授賞式をはじめ「過去のテイラー達」が、これまで言われてきたことを皮肉っていたこと。なんかもう、カッコいいとしか言いようがない。英語のヒアリング能力を鍛えたいこともあり、リピ見しまくった玖保樹でした。が、このPVとほぼ同タイミングで配信されたある記事には、ちょっと違和感を覚えました。

 それはテイラーと詩織さんという同年代の女性2人を取り上げ、「日米2人の女性には、自分の行動を通じて社会を変えていこうという強い意思を感じた」と書いていたこと。2人はもちろん、自分以外の誰かも思っていたことでしょう。けれどその行動はやはり、自身の気持ちに軸を置いているのではないかと(新曲ではなく痴漢有罪の話でしたが)。もちろん彼女たちが声をあげたことは、とても尊いとしか言いようがない。でもなんというか戦う女性は神ではなく、同じ地球に住む同じ人間。だから私は泣き寝入りしなかった彼女たちを「社会を変えるために行動していて、すごい!」と見上げるのではなく、「彼女はこうしたけど、もし自分なら?」と、自分に引き寄せて考えていきたい。

 そう思ったのはつい先日、江刺昭子さんが書かれた『樺美智子 聖少女伝説』(文藝春秋)を読んだからかもしれません。日米安全保障条約改定の反対運動で1960年に命を落とした樺美智子さんは、今なお伝説の人物として知られています。その死を悼むために柳原白蓮は「我が国にジャンヌ・ダーク(ダルク)出ず若人よ、彼女の死をむだにあらすな」とうたい、日本女性同盟は「日本のキリストとなられた美智子さん」と弔辞を捧げていたそうです。確かに真面目で一本気な22歳の東大生であったようだけど、ジャンヌ・ダルクとかキリストとかってちょっとどうなの……? と思うし、劇作家に詩人にとマルチな文芸活動をしていた秋田雨雀は「永遠の処女は/平和のために/たたかいて/今ぞ帰りぬ/盾に乗せられ」とまで言っています。実際どうだったかはどうでもいいけど、神格化に加えて処女礼賛かよ! と思うと既に鬼籍に入った相手に失礼とは思いつつも、ケッと言いたくなります。

 声をあげ、行動する女性をリスペクトするのは当たり前だけど、神にしてしまうともう、その人は人間ではなくなってしまう。で、個人的には「すごい!」と見上げることは神格化の第一歩だと思っているので、あえてそうはしたくない。それよりも「自分ならどうする?」を考え、スケールの小さい日常であってもそこで「私ならこうする」を実践したい。それが身を呈して戦う誰かを、孤独しないことに繋がると私は思っているからです。もちろん、勝手な考えであることは承知しているけれど……。

 ちなみに樺美智子さんの死因はいまだにはっきりしていなくて、機動隊とのもみ合いによる圧死というイメージが強いですが、機動隊員に首を絞められたという説もあるそうです。そのくだりを読んだ際、私は沖縄での「この土人が!」発言などが頭をよぎり「あ、やるだろうな」と思ってしまいました。それに樺美智子さんが命を落としたのは岸政権時代で、沖縄で土人呼ばわりがおこなわれている今は、その孫が政権を担っている。なんとも嫌な感じ……。だからこそ戦う誰かを見上げて「あの人すごいね」で終わりにしないって、とても大事なことなんじゃないかなあと思います。ということでまた次回!