第二章 Take the A train ----14----

2012年5月11日


まっちゃんが帰ると、シゲポンも「お愛想」と腰を浮かせて、あらあらじゃあ私たちもこの辺で、と座敷にいた吉田さんと川端さんも立ち上がろうとした。
「あれ、最後にお茶でも飲んでいきなさいよ」と久美子が友人たちを引き止める。
「そうだよ、そんなにいっせいに帰っちゃうとさびしいじゃん」と翔太が色男みたいなことを言う。
店としてはお客を引き止めないことにしているが、客同士のやりとりに口は挟まない。
「あら、そうぉ」と二人は浮かせた腰をまた降ろした。シゲポンは帰るようだ。その背中に、「こないだの人はどうだったんだい」と久美子が無遠慮に訊く。春にした見合いの話だ。
「いや〜、いい人だったんですけどね、なんか乗らないというか。やっぱり俺にその気がないんでしょうね」
突然の直球に、とくに気にした様子もなくシゲポンは答えた。
「あんた、そんなこと言っていたら、いつまでたってもできないじゃないか」
しつこい久美子に、「いやぁ、そのうち覚悟を決めますよ。じゃ、お先に」と、ふっと笑って店を出て行った。
シゲポンは小柄な体に似合わず風格がある。常連客の中でも若い方で、まだ三十そこそこだ。駅前の大型スーパーで経理をしている。実家はここからそう遠くない距離にあるのだが、職場からは歩いて帰れる距離がいい、とこの町に越してきて、二間のアパートを借りて住んでいる。飄々としていると言っていいかもしれない。淡々でも堂々でもいい。初めてこの店に来た時も、すでに馴染みの客のようだった。酔うほどは飲まず、隣の客との会話もそつなくこなす。訊いたらなんでも答えてくれるが、ベールに包まれた印象が残る。どんな相手に対しても距離が一定しているからなのかもしれない。
「結婚、必要かな、あの人」と香織がもらしていた。
実際シゲポンの口から結婚したいと聞いたことはない。結婚どころか、恋人の話も聞いたことがない。口の悪い久美子が、「あんた、もしかして、今テレビでよくみかけるコッチ系かい?」と片手を頬に寄せて訊いたことがあったが、「それはない」と笑って否定していた。なんとなく晶も、そうかもしれない、と思っていた節もあって、「余計な詮索してんじゃねえよ」とお袋をたしなめただけだった。
夕方つくっていたシーザーサラダにちりめんじゃこを炒めたものをのっけて、大皿に盛る。別の大皿に香織のつくったポテトサラダの残りもすべて盛った。香織が洗い物をしているので、晶がそれを秋山たちの席に持って行くことにした。すでに久美子は吉田さんたちとお茶を飲んでいて、カウンターに残っていた翔太も座敷に移って秋山たちと一緒に飲んでいる。
テーブルの中央に大盛りサラダを二皿置くと、香織が新しい取り皿を幾つか持ってきた。から揚げも焼き鳥もまだ残っている。
「お前たちもこっちに座れよ。もう身内しかいないみたいなもんじゃないか」と秋山が晶に言う。「馬鹿、お前」と晶は秋山の頭を小突くふりをして、後ろの吉田さんたちに「すみません、こいつ、気を遣えなくて」と謝った。
するとクリーニング店の川端さんが、「あらあら、そんな淋しいこと言わないで。私たちは晶ちゃんが、こんなに小さいときから知っているでしょう」と答えて、吉田さんが「そうよ。今じゃ立派に振興会も勤めてくれているじゃない。家族みたいなもんよ、ねえ」と久美子に振った。「そりゃそうだ。いいじゃないか。私たちはもう仕舞いにしようとお茶にしているところなんだから。ほら、香織さんも少し休んだらどうだい。ずっと働きづめで疲れただろう」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと片づけを済ませてから」と香織はカウンターの中へ入っていった。
「まだ、早いよ。営業中に休んでどうするんだよ。まだ誰か来るかもしれないじゃないか」と晶も皆に宣言するように言ってから香織の後を追った。
香織がこっそり、「コッチはやっとくから、いいよ。向こうで飲んできたら?」と耳打ちをしてきた。客席からは見えない酒瓶に隠れた小さな目覚まし時計を見ると、閉店まで三十分ほどだ。そうだな、さすがにもう新規の客は来ないかもしれない。暖簾だけ下げておくか。と、晶はビールの空き瓶をケースにまとめたあと、表に出た。
梅雨の合間、湿度は高いが日が落ちると少しは涼しくなる。いったん引き戸を閉めて伸びをした。
店の中から、秋山たちが青木に彼女がいないのがどうの、と盛り上がっている声が聞こえる。
一年か・・、あっというまだったなぁ、軽く腰をひねりながら感慨に耽っていると、後ろから久美子たちの声が近づいてきた。がらりと引き戸が開いて出てきたのは吉田さんと川端さんだ。なにが可笑しいのか、ほほほ、と笑い合っている。
なんだ、けっきょく、もう帰るんだな、と思った矢先に、「まあ、今日はどうもごちそうさまでした」と川端さんに先に頭を下げられた。「あ、いえ。こちらこそありがとうございました!」と慌てて晶も頭のタオルを取って礼を言う。
「梅雨が明けたら、お祭りね。今年もやるんでしょう?」と吉田さんがお神輿を担いでいる真似をした。「ええ、もちろんですよ! 良かったら吉田さんも参加してくださいよ」
晶が誘うと、「それは無理よー、もうあちこちにガタがきてるんだから」と大笑いした。この地域では数年前から、女たちも神輿を担ぐことになっている。去年は香織も初めて参加した。
二人を見送った後、看板代わりの行灯を消して、暖簾を内側に閉まった。
「お、もう閉店なの?」と言いだしっぺの秋山がとぼけたのを無視して、「ゆっくりしていってよ」と他の面子に声をかけた。母親の久美子は、「それじゃあ、先に休ませてもらうから」と腰をさすりながら店の奥に消えていった。「おやすみなさい」と香織が声をかけたが、聞こえなかったのか応じなかった。
明日からは晶に向けて母親の愚痴が始まるだろう。それはきっと、香織がいる時にはしない類の愚痴だ。なるべく一対一の状況は避けよう、と晶は肩をすくめた。

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10

おもや/ひろしのプロフィール

おもやひろし面屋洋
75年、大阪生まれ。高校生の頃からノートに物語みたいなものを書き始めて、大学生の時に、友人のミニコミ誌に初めて人目に触れる形で短編を発表、タイトルは「箪笥」でした。そのあと調子に乗って、なぜかカタカナのタイトルばかりの小説を次々 に書いて周囲の友人に読ませるというハタ迷惑な行為を続けます。しばらくして、京都でバーテンダーを始めて毎日誰かとしゃべっているうちに、書くことをすっかりやめてしまいアルコールで満たされた日々を送りはじめました。あるとき我に返り、こ のままではいかーん、と突然上京を決意します。ところが働き始めた新宿二丁目での生活で、再びアルコールに浸される日々を送りはじめます。こんなんでいいのかな、と思いはじめたときに、北原さんから「小説を書きませんか」とお声をかけてもらい ました。すみません、書かせていただきます。


▼コラム一覧へ戻る     ▲page topへ

最近のコラム

すべての記事を見る

月別アーカイブ

このコラムを購読する

コラム一覧

  • 黒いアワビの報告書
  • 無敵の女力
  • スクール・フェミ
  • 捨ててゆく私
  • サイト内検索

    新着商品情報

    おすすめアダルトグッズ

    新着アダルトグッズ

    新着アダルトグッズ