2002/1/18〜2002/6/20
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第02回 『フランダースの犬』


「LPC週刊ワイドショー」を面白がってくれた方でも、これを言うと怒るかもしれ ない。でも言う。あたしは、「フランダースの犬」が、大っ嫌いだああああ〜!

あたしは「フランダースの犬」の原作を読んでいない。でも、日本人がイメージする 「フランダースの犬」とは、日本アニメーション制作の、日曜夜7時半から放送して いたアニメ版だと思うので、あたしもそのことについて書こうと思う。ただ、あたし は本放送の時は子供だったというだけでなく、母親が「暗いから嫌い」という理由で 見せてくれなかったので、本放送時の記憶はない。(うちは、同じ理由で「おしん」 も見ていない)あたしの「フランダースの犬」の最初の印象は、中学生の時の再放送 だ。確か、学校へ行く前、朝7時半から毎日、名作アニメをやっていたと思う。あた しは「ズームイン朝」を見るよりマシ。とかいうことでこの枠を毎日見ていたのだ。 で、学校へ行くと、「朝から親子で泣いちゃったよ〜」とか話してる生徒がたくさん いた。一方あたしは、朝から毎日怒っていた。だって・・・なぜ腹立たないの?

ここで、「フランダースの犬」を見たことのない方のために簡単なあらすじを。(た だし記憶に頼って書いてるので間違ってる部分もあるかも) ある雪深い村に、おじいさんと、犬のパトラッシュと暮らす少年ネロ。仕事は牛乳運 びだが、とにかく貧乏だ。ネロには、金持ちの娘、アロアという親友がいるが、彼女 の父親は、自分の娘が貧乏人と遊ぶのが気に入らない。唯一の保護者、おじいさんが 死ぬと、村の大人達はネロを堂々といじめ始める。ある日、アロアの父親の風車に放 火したと疑いをかけられたネロは、仕事も失ってしまう。しかし、ネロには希望があっ た。彼は、絵を描くのが大好きで、町の絵画コンクールに応募していたのだ。しかし、 結果は落選。失意のネロは家賃も払えないので家を出る。ネロの絵を評価してくれた 審査員がネロの家を訪れるが時遅く、街へ行ったネロは、あこがれのルーベンスの絵 を見ながら、パトラッシュと共に飢え死にする。

もし、この話を「名作」とする人が「この物語は、とてもリアルで、共感できる。所 詮貧乏人は虐げられるのが現実」という理由で評価しているのなら、あたしは何も言 わない。しかし、このアニメを見て泣き、「ええ話や」と感じる大多数の人は、主人 公ネロが、どんなにいじめられても、決して相手を責めたりせず、じっと健気に耐え る姿を「美しい」と思い、感動し、それなのに悲惨な運命をたどるネロを「かわいそ う」と思って泣くんだろう。(あたしは「フランダースの犬」を見て泣けたことが一 度もないので、想像するしかないが)

しかし、ネロは本当に「素晴らしいお子さん」だから人々に感動を与えたのか? 確かにネロは、子どもにしては妙に人間の出来た子どもであった。(むかつくほどに) ところが、同じような文脈で感動されてる(と思う)「母を訪ねて三千里」の主人公 マルコは、かなり性格の悪いガキだった。(口癖が「ふん!なんだい!」だったと記 憶している)それでも、みんなが感動して泣いた。ということは、みんな、単に、 「かわいそう」なものには条件反射的に泣いてただけじゃないの? こんなことを書いてると、あたしは何を見ても泣かない女のように思われるかもしれ ないが、そんなことはなく、むしろ涙もろい方だ。「ハチ公物語」を見ても泣ける。 しかし、「ハチ公物語」は駄作である。「フランダースの犬」の場合、「かわいそう」 という感情より、「怒り」の方が勝っただけのことだ。(あたしごときが今さら言う ことじゃないかもしれんが、泣かせることは、笑わせることに比べたら、ものすごく 簡単なことである。だからあたしは泣けたからってそれを名作とは認めない)

そして、あたしはこのアニメを見ながら、何を怒っていたのかというと、いつもネロ をいじめる大家、横暴なアロアの父親、そいつらに文句ひとつ言わないネロ、ネロに 中途半端な味方しかできないアロア、そして夫に逆らえないアロアの母親、などにで ある。見ていてイライラするんだもん。もっと口答えしろよ!ネロ! アロアもその 母親もバカな父親の言うことなんて聞くんじゃねえよ! 朝からなんてストレスのた まることか(だったら見なきゃいーのだが)

・・・でもね、あたしも大人になって、ちょっとだけ、見方が変わったのだ。ネロも、 アロアも、その母親も、権力者には、逆らえねえよなあ〜。と。保護者もいず、仕事 もないネロが、いじわるな大家に逆らったら、即のたれ死にである。アロアだって、 金を持ってるのは父親。世界の狭い子どもにとって親なんて、絶対的な存在だし、やっ ぱり、逆らったり出来ない。アロアの母親は・・・もっと夫に口答えして欲しかった が、当時の女性が置かれた状況(当時のテレビ界における女性の役割。と言い変えて も良いが)では、夫になんぞ、逆らえるはずがない。

だけどさ、だからこそやっぱり、この物語を見て、「かわいそう」で終わっちゃ、い けないんじゃないの?って思うのだ。 「フランダースの犬」は、アニメで、しかも外国の物語だ。二重に「他人事」なので ある。そして最終回、あんだけネロをいじめてた大人達が、ネロが財布を拾ってくれ、 しかも絵の才能があったということを知り、いきなり改心する。「ねろおお〜、許し てくれええ〜。俺が悪かったあああ〜。明日のクリスマスパ〜ティ〜にも来てくれえ 〜」・・・悪人が改心することで、視聴者はカタルシスを得ることもできる。あたし は、こんなに嫌なヤツがいきなり改心するかよ。って思って見てたけど。

じゃあさ、大人に虐待されて死んだり傷つけられてる「現実」の子ども達は、ネロの ように「美しい」心を持ってるから、耐えてるんだと思う?そうじゃないよね。「耐 えざるを得ない状況」だからだよね。
そしてあなたも、同じような状況だったら、きっと、耐えるのだ。それも、自分では 気づかないうちに。「心が広い」「私さえガマンすればきっと全てうまくいく」「自 分より他人」とか、そんな言葉でごまかして。
「ネロ、かわいそう。」で、終わっちゃいけない。ネロの物語は、他人事じゃないの だから。

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・・・・・・余談であるが、ネロは、本当は飢え死にを逃れる手だてもあったのだ。 仕事を世話してくれようとする大人もいたし(ネロはコンクールの発表まで待ってく れと断る。なぜそんな自信満々なのか。無知故か。)、それからまさに死ぬその日、 アロアの家でごちそうを勧められてもいるのだ(「おじいさんがあの家に一人で待っ てる気がするから・・」と、訳の分からない理由で辞退。食えよ)。いじわるなあた しは、ネロが死んだのはちょっと自業自得。と思わないでもない。



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