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2002/1/18〜2002/6/20
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さて、ようやく、「名作を疑え!」らしい作品が登場しました。ここのところ二回続
けて最近の作品を取り上げており、早くもあたしの持ちネタの少なさが露呈していた
のですが、今回は、なんと、マンガの神様、手塚治虫作品を取り上げちゃいます!
・・・・しかしあたしも一応マンガ家の端くれ。本当は、やりたくないんだよ・・・。
だって、マンガ家がマンガ評論すると、絶対「じゃあ、お前の作品はそんなに素晴ら
しいのか?」って言われちゃうでしょ? てゆーか、あたしがいつも言ってるんだけ
どね。いしかわじゅんとか、夏目房之介とか、マンガ家ってゆーより、マンガ評論家
じゃん。マンガ家って名乗るなよ。あんたのマンガ、ほとんど読んだことないよ。・・
・てね。
でも、あたしは今回、手塚治虫作品の、ストーリーやらマンガ表現について語るつも
りは毛頭ございません。もしあたしが、マンガ創世記に生まれていても、そして男に
生まれていても、手塚治虫にはなれなかっただろうことは、あたし自身がよーくわかっ
てる。あ・く・ま・で「手塚治虫とジェンダー」という視点で語らせていただきたい
と思います。(ああ、こんなことだらだら書いちゃう小心者なあたし)
ようやく本題。今回のテキストは、手塚治虫の「人間ども集まれ!」。なぜ、幾多あ
る手塚作品の中で、この、あまりメジャーとも思えない作品を選んだかというと、こ
れが、「第三の性」をテーマにしていると聞いたから。そりゃあ、読まなきゃ!でしょ
う。
まず、おおまかなストーリーを。
主人公、天下太平は、どこにでもいる、なんの取り柄もないしょぼい男。しかし、彼
の精子で受胎した子どもは、女でも男でもない、「第三の性」を持って生まれてきて
しまうのだ。しかもその子ども達は、主人に絶対服従で、先天的に団体行動を取る性
質があったため、悪党に利用されてしまう。天下太平は監禁され、毎日毎日精子を搾
り取られる。彼の精子を使い、人工授精により製造された子ども達に、幼い頃から軍
事教育を受けさせ、世界各国に戦力として、輸出しようという計画なのだ。戦争下で、
無性人間(第三の性を持つ人間はこう呼ばれる)達が二国に別れ戦い、殺し合う。ま
た、無性人間は、子孫を残すことが出来ないので、人間とは見なされず、法律上、彼
らを殺しても罪にはならない。そこで、無性人間同士を戦わせる、戦争ショーを開催
し、金儲けをしようとたくらむ有性人間の男達。しかし、主人に絶対服従のはずの無
性人間達にも自我が芽生え、自分たちを利用し、奴隷化する有性人間達に反乱を起こ
そうとしていた・・・
ここでみんなが疑問に思うのは、「第三の性」とは、なんぞや?ということだろう。
彼らは、卵子提供者が誰であれ、全員同じ顔で生まれる。精子提供者の天下太平には
似ても似つかない美形ぞろいだ。そして彼らは、「女」にも、「男」にもなれる。こ
れまた、えっ?それってどーゆーこと?と思うだろう。まあ、一言で言っちゃえば、
女装すりゃ女。男装すりゃ男ってだけの話。肝心な性器はどうなっているか、という
と、手塚先生の記述によれば、「ただ、穴が開いてるだけ」らしい。あまり詳しい説
明をしてくれないのだが、おそらく肛門があるだけなんだろう。だから、彼らはセッ
クスは出来ない。これには、異論もあるだろうが、この作品上、とにかく、「セック
スが出来ない」という設定なのだ。ちなみになぜか、恋愛もできない。(意味が分か
らない)
無性人間達は、一度自分で決めた性を貫くわけではなく、女になったり男になったり
する。愛する人間が男なら、女になり、ベッドを共にする。ちなみに、女になるとき
は胸に風船のような物を仕込み、女の体になる。これは今で言う豊胸手術のような物
と思われる。しかし、無性人間相手では、男は、満足できない。手塚先生の「セック
ス」の定義は、どうやら膣にペニスを入れる。という行為のみを指しているようだ。
アナルセックスはー?フェラチオはー?というツッコミは、どこからも出なかったの
だろうか。連載誌が「漫画サンデー(オヤジ漫画誌)」だったことを考えれば、当時
でも、そのようなエロ表現はあったと思うのだが。手塚先生、10代から漫画一筋だっ
たから、あまり、その辺は知らなかったのかしら・・・おっと、罰当たりな発言?す
まん。
さて、この物語には二つの結末がある。ひとつは、雑誌連載時のもの。もう一つは、
単行本収録時に、大幅に書き換えられた物。この二つが読めるのは、今のところ実業
之日本社刊の「完全版」しかない。
雑誌連載版では、無性人間の反乱が成功し、有性人間達は捕らえられ、去勢手術をさ
れる。しかし、有性人間が、無性人間を有性にする手術を施すと、セックスの喜びに
目覚めた元無性人間(ややこしいな)は、自分たちの行いを反省し、有性人間の去勢
をやめ、無性人間達は全員有性になり、有性人間達と和解する。
ところが、単行本収録版では、無性人間達と有性人間は和解しない。無性人間達の反
乱が成功し、有性人間を去勢し始めるところで物語はパタっと幕を閉じる。
手塚治虫が無性人間を通して描きたかった物は何か。それは、他でも指摘されている
とおり、女と男というものの曖昧さであろう。手塚治虫が好んだテーマに、正義と悪
の曖昧さ、というものがある。正義と悪は二元論で割り切れる物ではなく、見方を変
えたり、年月を経ることで、その二つはどんどんねじれ、ゆがみ、正義が悪に、悪が
正義にと、混乱して行くのだ。そんな手塚治虫が、「二つの性」という二元論に、疑
問を持っていたとしても、不思議はない。男と女の心を持つ、「リボンの騎士」のサ
ファイヤ、男が妊娠する「やけっぱちのマリア」など、他にもこのテーマを扱った物
は多く、「鉄腕アトム」も、初期設定は、「男でも女でもない(ロボットだから)」
だったという。
「人間ども集まれ!」では、オヤジ教育評論家がこんなふうに語る(表現はアレだが)
。「現代の都会生活ではセックスの混乱をまねいとるのです。おなじ2DKでおなじ
インスタントラーメンを食い、おなじテレビを見る。男も女もステロタイプ化される。
すると男でも女でもどっちでもおんなじみたいな気になって、ホモやレズが起こった
り子どもが大人にほれる。子ども同士恋愛ゆうぎも始める。だから未来生活にはごく
普通に起こる現象としてやりたいようにさせておいてもいいのです。性の自由化バン
ザーイです」彼はこのあと、かわいい男の子に「今夜暇かや」と、いやらしくせまる・
・・
また、有性人間の中に、「性怪クラブ」(笑!)という、無性人間を偶像崇拝する秘
密クラブもでてくる。彼らは、「私たちの理想はやっかいな男だの女だのの性のクサ
リを断ち切って自由な愛に生きることなのよ」「こんにちの性の混乱は混乱ではなく
性へのレジスタンスです」と語る。
では、手塚治虫の作品に出てくるキャラクターが、ジェンダーから自由だったかとい
うと、実はそうでもない。
手塚作品にでてくる女性達は、しばしば、男より優秀で、強い。「人間ども集まれ!」
のメイン女性キャラであるリーチ大尉や、女ゲリラのリラは、平気で男を張り飛ばす
し、他の男達よりも、しっかりしていてかっこいい。しかし、彼女たちがひとたび男
に惚れたりしようもんなら、嫉妬深い、ヒステリックなかっこ悪い女になってしまう
のだ。
また、主人公である天下太平も、自分がセックスをしたわけでも、育児をしたわけで
もないのに、ただ精子を提供しただけで、無性人間達を「俺のせがれ」呼ばわりし、
父親ヅラするのだ。そして、有性人間を去勢する無性人間に、「おまえたちはセック
スを嫉妬してるんだ。自分たちに味わえないものをひがんでんだ」と、説教する。
(これは単行本版のラストのセリフになる)
女にも男にもなれる無性人間にしても、女の性を選んだとたん、「あなたア」と、男
相手に色っぽくしなを作る。また、有性人間達によって量産された無性人間達は、女
と男に強制的に分けられるのだが、男になれば、軍人に、女になれば保母として教育
されるのだ。とほほ・・
「第三の性」と言っても、結局女と男に分けられちゃうんじゃ、「第三」でもなんで
もないじゃん・・・。おしい! おしいよ、手塚センセー!
無性人間第一号として生まれた未来(みき)は、物心が付くにつれ、混乱し、母親に
訴える。「僕を男にしてー!女でもいいよ!どっちかはっきりさせてよ!」このセリ
フは、生まれたときから何が何でも女・男に分けたがる、日本社会を反映しているよ
うで、読んでいて切ないシーンのひとつである。「お砂場セット、男の子はこっち!
女の子はこっち!」なんてCM、腐るほどあるもんね。
あたしは、ケーキは別腹じゃないけど、花束や宝石もらっても喜ばないけど、ロマン
チストじゃないけど、占い信じてないけど、結婚に憧れないけど、自分では感情的と
思っているが、他人には声に感情がこもってないと言われるけど、手先は器用だが繊
細ではなく、料理できるけどお菓子作りは嫌いで、人に尽くすのなんか嫌いな超自己
中人間だけど、地図が読めないし方向音痴だが人の話も聞かないけど、でも、女だ。
最後に。「人間ども集まれ!完全版」には、著名人による群論集が付いているのだが、
これを読み比べてみると、女性は単行本版、男性は雑誌連載版を支持している確率が
高い気がするのだが、これは、果たして偶然だろうか・・・?
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