フェミに片思い
プロフィール

第04回 私の「働けイデオロギー」

 「うー、仕事したいよぅ」と思ってはいてもサービス残業三昧のパートナーとは平日の家事を分担できない。保育園はいっぱいで入れないし、やっぱり小学校の低学年のうちは夏休みの平日に遊び相手になってあげたいような気もする。第一、子供が病気になったときは? 実家は遠いし、自分以外誰もあてにできないじゃんか。ベビーシッターを雇えるくらい稼げないよ、自分。・・・いつも、ここで思考停止してしまう。しゃーない、もう少し。このままでいこう。それしかないよね、と。
(世の中には家事、育児、仕事にそれぞれ100%、合計300%もがんばっちゃってるすごい女性達もいて、私の考えが甘い、ってことは重々承知しているんですが、私が常時発電できるのは200%までなんです。ヘタレです。根性なしです。すみません)
「子育てを楽しんじゃえばいいのさ」という主張と「そんなにのんびり構えててどうするよ?」という主張が同時に私の脳ミソを駆け巡る。両者の矛盾にイライラしてしまう。
 もし、私がアンチフェミ派で、「林道義の言説にものすごく共感してしまう」みたいなメンタリティだったら、すごくラクに生きられたのに。どうしてフェミを好きになっちゃったんだろう?

メンタルバランスを整えるのにフェミニズムが不可欠なのに、実生活ではしっかりジェンダーロールに添って生きている、日本全国津々浦々(特に地方)にいらっしゃるであろう、フェミ好きの皆さん、お元気ですか。私もそんな一人です。

私は「どうせ息苦しいなら多少なりとも酸素の含有率が高いエリアにいこう」と確信犯的に好いたオトコと結婚して両親から離れました。親元から離れる事ができる唯一の方法が『結婚』でしたから。私にとって、両親と一緒に生活するのはとても苦痛なことでした。離れて、呼吸が大分ラクになりました。

「フェミと出会って、寝た子が起きた」と言いましたが、私はフェミニズムを知る前から、仲の良い両親の“仲の良さの質”が大嫌いでした。ひたすら「お父さんがいるから、生活できるのよ」とへりくだる母と、それを見て満足する父を『気持ち悪い』、と思っていましたから。十代の頃から母に「そんなに(父を)持ち上げてばっかりいると、定年後二人で年寄りになったときに大変だよ」と訴えていたのですが、これが大当たり。
60歳になって定年退職し、会社に行かなくなった父の「オトコとしてのプライド」を持ち上げるのに今現在母は四苦八苦しています。

オトコとオンナが仲良くするのに、どうしてオンナばかりが自身のプライドを切り売りしなければならないのでしょうか。
答えは、当然フェミにあるわけで。そうか。『ジェンダー』って言うのね。なるほど、と。
納得できたのは嬉しかったし、多少の溜飲は下がったけれども。私一人が納得したところで、結局周りの環境が変化するわけじゃない。カラクリは分かった。でも。これから、どうすればいいの? 私の周りは『ジェンダー』という『カラクリ』が存在する、ということさえ認識してくれないというのに。

・・・・とかなんとか、悶々としながら、それでも一方で経験してみたかった『妊娠、出産』を実践してるうちに、気がつくと林道義が絶賛する(?)ようなライフスタイルになっちゃいました、という自分がフェミ好き、というのはなんとも・・・滑稽です。

専業主婦している私が言うのは矛盾していますが、「自分のパンを買うチカラ」は、言いたい事を発言するチカラになるからあったほうがいい、と思います。再就職、したいです。でも、ウィークデーにろくすっぽ家にいられないパートナーと暮らす私はこの先何年か(子供が大きくなるまでは)切り売りすることのできる時間はわずかですから、「働く」といっても、パート労働くらいしかできないかもしれません。この現状にハラは立ちます。でも、チンコな社会の構造に「むかっ」としても、いざ目の前にいる自分の男はチンコを暴力的に振り回したりしないので、なんら憤りを感じるわけではないんですよね。(両親やその他のオトコにはしょっちゅう「むかっ」としてますが。)
フェミニズムが『全国の乳児、幼児の保育が100%外注で行われること』を目標にしているわけでもあるまいに。・・・どうして『働く事ができない状態の自分』にこんなにも焦ってしまうんでしょうか。

ときどき、分からなくなります。
私の焦りの原因は、本当にフェミニズムに端を発しているモノなのでしょうか。

「『フェミニズム』じゃなくて単に『資本主義』に煽られているだけじゃないんだろうか」と考えてみたり、「疑心暗鬼に陥るのはフェミらしく生きられない自分を肯定する手段なんだろう?」と自分に問うてみたり。台所で食器を洗ってるときなんか(我が家には食器洗乾燥機がありません・・働いたら、買うぞ〜! 皿洗いは嫌いだ〜!)脳ミソはヒマですから、色々考え事をしますが、堂々巡りでいつも答えは出ません。

私と私の配偶者の両親はともに60代で、今のところは健康に暮らしています。現状のライフスタイルで、子供に手がかからなくなり、かつ両親が介護の必要な状況に陥った場合、ヘルプに回るのは必然的に私、ということになるでしょう。少子高齢化がさらに進む数年後(あるいは十数年後)充実した介護環境を望めるのかといえば、現状を見る限りにおいてムリめであることは容易に想像できます。(特に、ウチの場合、洒落にならないくらい過疎が進んでいる地方に両親が住んでいますから。絶望的です)
四人の老人を抱えることになるかもしれない私の後半生。フルタイムで働く時間は、もしかしたら・・・数年あったらいいとこかもしれない。
“自分で食い扶持を稼ぐ事”が、フェミニストであることの必須項目だとすれば。
・・・「私は、フェミニストです」と胸を張って言える日は・・・もしかしたら、来ないかもしれないなぁ(タメイキ)。

INDEX
第12回 [2003/jun/18]
『主婦』って、なに?
第11回 [2003/jun/11]
ボツになった再就職
第10回 [2003/jun/04]
”女の子ジェンダー”のジレンマ
第09回 [2003/may/28]
予定外妊娠・僻地事情
第08回 [2003/may/21]
予定外妊娠
第07回 [2003/may/14]
ミニオヤジ
第06回 [2003/may/07]
パンツ、洗ってる?
第05回 [2003/apr/30]
連休の憂鬱
第04回 [2003/apr/23]
私の「働けイデオロギー」
第03回 [2003/apr/16]
嫌いと言われても
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