つらいことばかりが続いていたが、幸い、話を聞いてくれる友人がいた。Mikeだ。というと、同情をもって話を聞いてなだめてくれるといった感じを思い浮かべるかもしれない。しかし、Mike は万事が逆だった。今日は、大変な目にあったというと、こちらの話が終わる前に「ヘイ、Ai。今からCharles とクラブ行くんだけど、来ねぇかあ? ピチピチのギャルをナンパしてたら、そんな暗い気分ふっとぶぜ!」と言う。いつも、こんな感じだった。しかし、不思議とこの逆療法が功を奏すことが多かった。
セックスワークでうまくいかなかった話というのは、確かに愚痴り出したらキリがない。人間不信に陥ってしまう。そして、それが嫌ならセックスワークなんかやめろということになる。でもこの仕事を続けたかったら、ケセラセラで陽気に行くしかない。そういう意味で、悪友Mikeの逆療法にはいつも感謝していた。
ところが、さすがのMikeもバーリンゲイムでの一件には笑ってすますことはできなかったらしい。翌日、電話がかかってきた。普段にない深刻な声色で、「昨日みたいなことをしていたら、そのうち殺されるぞ。襲いかかられたらどうするんだ・・・。いいか、俺の言うことをよく聞けよ。今すぐにメイス・スプレー(防犯用の目くらましスプレー)を買ってこい。で、買ったら、それを俺に見せにこい。俺のところにメイス・スプレーを見せにくるまで、仕事には行かせないかならな。いいか、手に入れるまで、仕事はなしだ。危なっかしくて見ちゃいられねえや・・・。」
実はこれまでも、メイス・スプレー持ち歩くようMikeに何度か言われていた。しかし、そんなものどこに売っているかもよくわからなかったし、何よりも、そんなの持ち歩くなんて物騒だと思った。日本にいる間にすっかり平和ボケしてしまったAiは、「自分の身は自分で守れ!」というMikeの言葉にまともに取り合わなかった。しかし、今回のMikeの語気は強かった。いつものふざけていっている調子ではない。これは、素直に従うべきだ。
ここは一念発起して、メイス・スプレーを探しにいった。意外にも、近所の日曜大工屋においてあった。いかにもアメリカらしい。通常のスプレー以外にも、万年筆に似せた形のものが売っていた。仕事に持ち歩くことをこっちの方が、客に怪しまれなくていいだろう。その「万年筆」を買うと、その足でマイクに見せにいった。この時ほど、Mikeという友達が頼もしく思えたことはなかった。そして、それ以降、セックスワークに出るときは、この「万年筆」を常備し、お客と会うときは、すぐに取り出せる場所に置くようになった。
アメリカという国にいる以上、自分の身は自分で守らなくてはならない。常に危険と隣り合わせのセックスワークをするなら、なおのことだ。これを機に、少しずつではあるが、自分の身の安全をどうやって守っていくかということに配慮するようになった。セックスワークを始めてから一ヶ月、Aiも随分大人になった。