これまでは、Aiがセックスワークを始めた頃の出来事を、ほぼ起こった通りの順番に話したけど、これからは、順番は関係なし。(ごめん、どういう順番だったか、よくわかんなくなっちゃった。)
最初はどうなることかと心配することばかりだったけど、回を重ね、失敗を繰り返すごとに少しずつ勝手がわかるようになってきた。一番大きな変化は、車を手に入れ、仕事が俄然楽になったことだった。友人のSusan(トランスの大先輩)は、車なしでセックスワークをしている私が、危なっかしくて見ていられなかったらしい。なんとかAiに車をと、あちこちに声をかけてくれた。さすが、顔の広いSusan。ある知り合いの母親が車を買い換えようとしているのを聞きつけた。物をとても大切にする人らしく、古い自動車のコンディションはとてもいいらしい。早速、Susan は、私を呼びつけ、いっしょに見にいくことにした。
その家につくと、車庫の前に巨大な灰色の「アメ車」がとまっていた。「えっ、まさか、この車?」今度乗るなら、ピンクのかわいい車なんて思っていた私の夢は見事に打ち砕かれた。が、メカに強いSusan が見るに、車の状態はとてもいい。しかも、なんと$1,800(約20万円)でいいと言う。こんないい買い物はないと Susan に勧められ、この灰色の巨大な「男っぽい」車を買うことにした。見た目には不満だったが、車を持てることには代えられない。とはいえ、即金で買ったわけではない。足りなかった分は、Susan が貸してくれてようやく手に入れることができた(もちろん、このお金は数ヶ月後にちゃんと返したよ)。神様、Susan 様! 私は、なんていい人たちに囲まれているのだろうと、感謝の気持ちでいっぱいだった。
その車は、アメリカのフォード社1986年制作の「サンダーバード」。当時は、かなりの脚光を浴びた車だ。でかいが、よく見るとなかなかスポーティーでかわいい。灰色の車体も、ずっと見ていると「味のあるシルバー」という気がしてくる。それよりも何よりも、よく走る。走りっぷりがいい。サンフランシスコ・ベイ・エリア(サンフランシスコ湾周辺地域)で活動していると、高速道路を120キロ以上で飛ばすことも多かったが(もちろん、スピード違反)、サンダーちゃんは、そんなのなんのその、といった感じだった。以前は、ホンダのシビックやトヨタのカローラに乗っていたが、そういう小回りのきく車に比べると、高速での安定感は抜群だった。ただ、車体が重い分、何を動かすのにも力がいった。ドアをあけるのも、よっこらしょ。ギアをかえるのも、よっこらしょ、といった具合だった(笑)。
しかし、この車の活躍で、セックスワークの仕事範囲は拡大したし、時間にも融通がきくようになった。車をもつようになって、以前より圧倒的に多くの人たちと出会うことができるようになった。それに、相手の車で移動することがなくなったので、安全度も格段に増した。相手が気に入らない時には、いつでも帰ってこられる。これで、ストレスはだいぶ減った。
それに、車をもったおかげで、物価の高いサンフランシスコ市内から脱出し、郊外のサンマテオに引っ越すこともできた。空気はいいし、街は緑や花でいっぱいだし、郊外の暮らしは、ゆったりできとてもよかった。それに、いいルームメイトも見つかり、楽しい生活が始まった。(とはいっても、仕事と学業の両立には、かなり難しいものがあったが。)
ベイ・エリアの各地へ旅するうちに、サンダーちゃんへの愛着はどんどん深まっていった。アメリカを離れる時は、何が悲しかったって、この車と別れるのが悲しかった。酸いも甘いもかみわけた間柄だったからだろう。酸いといえば、こんなこともあった。
ある日、とても丁重な紳士らしき客から電話が入った。家はバレイホという、カリフォルニア・ワインで有名なナッパ・バレーの近くで、Aiの家から2時間近くにある。その客は、Aiの写真がよほど気に入ったらしく、それに、Aiの話しっぷりにも惚れこんだらしく、会うのをとても楽しみにしている。来てくれたら、家にある野外ジャグジー(ジェット付き露天風呂)に入って、それからサウナルームでマッサージをしてくれると言う。庭からは、満天の星空が見えるともと言う。ふつうなら断る距離だが、そこまで言われれば断ることもできず、サンダーちゃんととも出かけることにした。
運転している途中も、何度か電話がかかってくる。「今、どこにいる? 早く、会いたいなあ。」そんなこと言わなくても、今、向かっているよ、いちいちうるさいなと思ったが、そこはぐっと我慢。「もうちょっとだからね、我慢しててね」と答える。家を出て、高速を飛ばしてまもなく2時間になる。もうあと少し。次の角を曲がれば、家が見えてくるはずだ。また、電話がかってくる。「ああ、またか。もうすぐなのに」と思って出ると、相手の声音が、さっきと違う。
いきなり、「お前は女か?」と聞く。「えっ? それは、女だと思ってますけど・・・」「そうじゃない、本当の女か?」こっちは、ただ、ただびっくり。すると「本当の女じゃなかったら、お前なんかと相手する気はさらさらない。すぐに帰ってくれ!」「何言ってるんですか? あなたが来てくれというから、ここまではるばる来たんじゃないですか。」と返すが何を言っても無駄。「化け物は来るな!」とまで言われ、もう万事休す。
Ai は一度も、自分が生まれながらの女であると偽ったことはない。インターネットの広告も、トランスセクシュアルのカテゴリーにリストアップされているし、広告の写真のとなりにも「トランス Ai」と書いてある。それを見落とすなんて考えられない。よほどの間抜けか、それか、気が変わったので、断る口実にそう言ったのか。いずれにしても、ひどい。何よりも「化け物」と言われたのには、泣けてきてしまった。
仕方なく車を方向転換して帰路についたが、もちろん内心おだやかではない。車の中でおいおい泣きながら、「バカヤロー、くそたれおやじめ! 何が化け物だ! おまえが勝手に取り違えといてー! その態度はないだろう!!」とわめき散らした。本当につらかった。
実は、似たようなことが、その後にもあった。その時は、ベッドまで行って、そこで相手が急に気づいたらしく、「女じゃないのなら、この取り引きはなしだ」などと言い出した。さすがに、その時には「化け物」とは言われなかったが、とても嫌な気分になった。
そういうつらい時に、いつもいっしょにいてくれのは、サンダーちゃんだった。どんな時も、Aiの恨み言を文句一つ言うことなく聞いてくれた。言いたいだけ言わせてくれたし、泣きたいだけ泣かせてくれた。それは、とても心休まることだった。
アメリカを去る時、Aiのサンダーバードは、日本人の友人に引き取られた。先日、一時帰国した彼女は、「Aiちゃん号、まだ、元気に走っているよ!」と言っていた。よかった、まだ元気でいてくれている。いつまでも元気に走り続けてねー!