この連載を初めてから、今月が12ヶ月め。一年続いたこの連載も、残すところあと4回となりました。最後に向けて盛り上げていくつもりですので、応援よろしくお願いします。(ご意見・ご感想など、なんでも思ったこと聞かせてくださいね。)
マウンテン・ビューにあるJackの家を訪れるのは、今回で二回目だ。大きなアパートメント・コンプレックスの中には小さな公園や林などがあちこちにあり、最初に来た時は迷子になってしまった。駐車場に車を止め、今回は迷わないぞと思うものの、どれも似た形の建物の上、あたりが暗いので、やはり迷子になってしまった。電話をすると、Jackは嫌そうな声もせず、すぐに向かいに出てきてくれた。40代ぐらいか。中肉中背の紳士。特に金持ちというわけではないが、どこか知的で育ちがよさそうだ。
家に入ると、広いリビングがある。家族の写真があちこちに飾ってある。聞けば、(Aiの多く客がそうであったように)このJackも数年前に離婚をし、小学生と幼稚園の二人の子供と離ればなれになったと言う。前回のように、今回も子供の話をとてもうれしそうにしてくれた。が、ひとしきり話すと、しばらく寂しそうな顔をする。子供のように寂しさを素直に表現するところが、ちょっとかわいいと思った。
ベッドルームには、メインベッドの向かいに二段ベッドがある。子供たちが遊びにきた時に泊まるためである。そこには、ぬいぐるみがいくつも置かれ、部屋全体が何か子供部屋のような雰囲気。そんなところで、大人二人がセックスするのだから、ちょっと妙だ。
JackはAiのペニスをしゃぶるのが好きだったが、自分がボトム(ペニスを肛門に挿入される役)も好きらしい。Aiにトップ(挿入する役)をしないかと毎回たずねるが、「できない」と断ると、その度に決まってとても残念そうな顔をする。その表情がまた子供のようにかわいいので、なんだかしてあげたくなるが、トップのサービスはしないことにしていたので仕方がない。
セックスがひとしきりすむと、話好きのJackは、最近、DIVAへ行って遊んできたことを楽しそうに話してくれた。DIVAというのは、サンフランシスコにあるトランス女性が集まるバーだ。3階建てで、一階はカウンター・バー、二階はディスコ、三階はソファーのある社交場となっている。いつも、多くのトランスとトランス好きの男性で賑わっている。Aiも一度行ったことがあるが、そのギラギラした雰囲気にうまくなじめなかった。しかし、JackはDIVAの熱気が好きだと言う。あそこへ行くと元気が出ると。この前行った時もとても楽しい時を過ごした、と興奮しながら話してくれた。
ところが、その話が終わると、Jackはさびしそうに「こんなことばっかりしていて、僕はだめだよな・・・。今日も、誘惑に負けてAiちゃん呼んじゃったし・・・」と、また子供のような素直な表情で話し出す。そんなこと言われても、と思ったが。ここはなだめることに専念した。「そんなこと言わなくてもいいじゃない。セックスしたかったんでしょ? Aiに会いたかったんでしょ? で、楽しかったんでしょ? それなら、それでいいんじゃない?」Jackはうなずきながら、「それはそうだけどさぁ・・・。子供たちになんと顔向けしたらよいのか・・・。」そんなことこっちの知ったことかと内心思いながらも、「別にそんなこと考えなくてもいいんじゃない? 今、お子さんがここにいるわけじゃないんだから。Jackがプライベートでしているんだから、問題ないじゃん・・・」「まあ、そうなんだけど・・・」と釈然としない様子。
Jackのように、セックスを買うことに対する躊躇を素直に話してくれる客は稀である。しかし、言葉の端々にそうした躊躇が感じられることがよくある。セックスワークのサービスを利用することは、罪だと思いながらも、利用している客は時々いる。こちらとしては、そんなこと考えているのはもったいないと思う。どうせお金払うなら、思う存分に楽しまないと、って。でも、そうした罪の意識を持つのもわからないではない。
社会のセックスワークに対する視線はいつも冷たい。セックスワークは罪悪だというメッセージは常に流され続けている。法的にもそういうことになっている。でも、本当に罪悪なんだろうか? いつ誰がそんなこと決めたんだろう? どうして世の中の多くの人は罪悪だって信じ続けているのだろう? 考えれば考えるほど、わからなくなってくる。Jackは、そういうことを考えるのには興味がないようだったが、文化人類学者の卵であるAiにはとても重要な問いだった。セックスワークがなぜ罪悪だと言われるのか?