昨年12月に華原朋美がセミヌード写真集を出したことは記憶に新しい。その写真集にはオリジナル・コンドームが封入されていて、ぬるい中身よりも、めずらしい付録のほうが話題になっていたように思う。「エイズ対策にもっと関心を持ってもらいたい」という朋ちゃんの志から封入され、写真集の売上金の一部はエイズ啓発運動へ寄付されるということだった。
セミヌードのスキャンダラスさを社会的貢献で中和する戦略に、まだまだ朋ちゃんには「汚れる」覚悟ができていないんだなぁ(一回汚れてるしなぁ)と思ったが、そういや、ちょっと前にもコンドームを持つこと・使うことをアピールする様がカッコよかった時代があった、と思いだした。
それは、「ぜんぶ脱いだあとに着るベネトン。」というコピーでオカモトがベネトンコンドームを売り出した95年ごろのことだ。この広告の斬新さはほうぼうで評価され、たくさんの広告賞を受賞している。
さかのぼれば、92年にはコンドマニアが六本木にオープンしている。また、不二ラテックスから、コシノミチコデザインのコンドームが発売されている。
同年にはRIKACO(村上里佳子)が「愛する人とともにエイズ検査を」とアピールし、クラブで啓発イベントを企画している。その「愛する人」が当時つきあっていた青年実業家で、その人と別れ、その後すぐ結婚した渡部篤郎とも先日離婚したことを思うと何やら感慨ぶかいものがあるけれど、若い女性の憧れ的存在だったRIKACOが自ら進んでこうしたアピールをしたことは、とても意味のあることだった。
翌年暮れの紅白歌合戦には、本木雅弘がふくらませたコンドームをネックレスのようにつなげて登場し、なおかつ、白濁した液体入りのコンドームを破裂させるパフォーマンスをして、「天下のNHKでこれは!」と大騒ぎになった。
90年代のはじめから半ばは、エイズ予防やその象徴であるコンドームがなにかとスポットライトをあびた時代である。
もちろん、この動きは、HIV感染者/エイズ患者の増加と無縁ではない。日本人ではじめてのエイズ患者が発見されたという報道がなされたのが85年の3月だった。その患者が男性同性愛者だったため、「エイズ=ホモの病気」という偏見が蔓延した。
その偏見に待ったをかけたのが、87年1月の女性エイズ患者についての報道である。あとで間違いだったことが判明するのだが、彼女は風俗嬢である、という報道がなされた。そのことは、「エイズ=ホモの病気」という偏見を打ち壊すに余りあるもので、ヘテロ男性のあわてぶりといったらなかった。異性間交渉でも感染するということは、86年9月にアフリカで異性と性交渉を持った日本人男性患者2人の存在によって判っていたはずなのだが、なぜかあまり大きなニュースになっていない(※)。
あわてたのはヘテロ男性だけではない。「汚染が家庭にも広がる可能性」(読売新聞87/ 01/ 18)という言葉によって、その妻や恋人も脅かされたのは同じことで、このあたりからじわじわとエイズが「みんなの病気」として認識されはじめるようになったのだと思う。
追い打ちをかけるようにして、92年に昨年の国内のHIV感染者が前年の2.5倍(238人)に急増したとの報道がなされる。メーカーやRIKACOやモっくんの頑張りぶり、それによるコンドームの市民権獲得は、こうした時代を背景にしている。
だが、かつてコンドームは「日陰者」の扱いであった。
1950年代にある主婦が、「男の方のコンドームは男の方の心臓で買えるでしょうが、女が薬局に行くのはどうもねえ……」と、とまどいを見せている(週刊サンケイ53/09/20)。コンドームをはじめ、ペッサリーやゼリーなどの避妊具は、とてもじゃないが、女性が気軽に買えるものではなかった。
かといって、男性が堂々と買えたかというと、そんなことはなく、60年代に岡本理研ゴム(現オカモト)は「ことばのいらない愛言葉」というキャンペーンを実施している。「コンドームください」と口に出して言えない人のために、店頭で親指と人指し指で輪っかを作るゼスチャアをすれば買えますよ、というキャンペーンである(『飛翔 岡本理研ゴム株式会社五十年史』)。皆がみな、気軽に購入できる商品でなかったことを裏書きするものである。
今となっては「なつかしい」という感慨しか呼び起こさないコンドームの自動販売機が登場したのは70年代はじめ頃だが、それも店頭で買うのがはばかられる人のための発明だった。
そりゃ、「コンドームください」は「これからセックスします!」と宣言することにほぼ等しいわけで、店頭でそれを叫ぶのは、考えようによってはかなりの恥辱プレイである。今ではスーパーやコンビニで(もちろんラブピースクラブでも)人目を気にせず手軽に買えるようになった。いい時代になったもんです。
ところで、日本人の避妊手段の第1位は、今も昔もコンドームである。だが、戦後の産児調整運動のなかで、コンドームは必ずしも主要な避妊手段として推薦されていたわけではなかった。なのに、なぜ、それは日本人の間で広まったのだろう?
それから、コンドームは、男性主導型の避妊手段といわれている。男性がイヤだといえば、採用できない方法である。男尊女卑のこの国で、男性の性感を損ねるといわれているコンドームが主要な避妊手段となっているのはなぜなのか。
コンドームにまつわる疑問は、けっこうある。
この連載では、これらの疑問にたいする答を「歴史」に求めることを試みたいと思う。最終的には、コンドームの歴史をつうじて、日本人のセックス観をあぶりだすことをしてみたい。
どうぞよろしくおつきあいください。
※87年1月の女性エイズ患者の報道によって病にたいする考え方が変化したことは、動物学者の水島希さんから示唆を受けた。