受胎調節指導員

 話を1950年代から始めたいと思う。

 なぜ1950年代かというと、この時代は中絶率も高く、避妊経験率も高いという、「生殖する身体」にとっては疾風怒濤の時代だからである。性病予防具であると同時に避妊具であるコンドームの姿が見えてきやすい。

 この時代、人びとは、ばんばんセックスし、ばんばん避妊し、避妊に失敗したらばんばん子どもを堕ろしていた。

 1950年代に中絶手術を受けていた女性の大半は主婦だといわれている。中絶イコール女子高校生、というイメージがあるとすれば、それはまったく当てはまらない。より豊かな暮らしを目ざして「子どもは2人か3人」という希望が浸透する中、避妊に失敗して予定外の子どもができると、主婦は病院へ駆けこむ。2度目、3度目のリピーターも少なくない。「避妊」のチョイスの一つとして堕胎があるような、今から思えばそれはそれは「野蛮」な時代だった。

 例えば、2人の子どもを持つある女性は、23歳で結婚してから5年のあいだに6回妊娠し、4回中絶している。2歳年上の公務員の夫は、「コンドームをつかう夫婦生活なんて無意味じゃないか」と避妊には見向きもしない。「じゃ、妻に4回も堕胎させる夫婦生活に意味はあるのか?!」と夫の胸ぐらをつかみたい衝動にかられるが、この事実を報道する記事は、「妊娠のことを考えると、夫婦生活さえ苦しくて……」と嘆くばかりで避妊手段を講じない妻のほうを「無知」「ズボラ」となじっている(サンデー毎日1955/11/06)。

 1957年の中絶件数は、届け出られたものだけで112万2千件。一方で生まれた子どもの数は156万7千人。ヤミ堕胎が届け出の約半分ぐらいあったと推定すると、生まれた子どもと同じ数以上に、堕ろされた子どもがいたことになる。

 ある試算によれば、昭和ヒトケタ世代がもっとも中絶経験が多いという(*1)。それから、1964年時点で35〜39歳の既婚女性の中絶経験率は52%という統計もある(*2)。つまり、この世代の既婚女性の半分は、子どもを堕ろした経験がある。
 
 現在、その夫たちは72〜80歳ぐらいである。年長者には、若者の「性の乱れ」を嘆く人が少なくないが、好きなだけナマでやって、妻に子どもを堕ろさせてテンとして恥じないというのは、けっこうな「性の乱れ」である。

 ところで、1950年代に、受胎調節指導員という人びとがいた。
 地方・都会問わず、ほうぼうへ飛び回っては、奥さん連中を集めて、避妊の仕方を伝授した女性たちである。この人たちの養成には国家予算がついていた。つまり、子どもの数を減らすことに国がお金を出していたのである。繰りかえすけど、「増やす」ことにお金を出していたのではない。「減らす」ことに、である。

 当時の週刊誌を読むと、人口が多すぎることを嘆く記事が多い。
「どうも人の数が多すぎるようだ。母親は多くの子供をかかえて疲れ、働きたい人には職場がない」(婦人朝日1954/01)
「交通事故が多いことも、サラリーが少いことも、犯罪がふえたことも、もろもろの悪の根源は人口過剰に結びつけられる。水害ですら、増大した人口が山林を伐り倒し、むかしは人が住まなかつたような土地に家を建て、被害を増加させているという。みんな人間が多過ぎるせいだ」(週刊朝日1953/09/27)
「日本人なら誰もが“人口の重圧”を身にしみて感じている。〔中略〕極端にいえば全国民がその決意を固めれば、来年から出生数ゼロに消滅することだって簡単だ」(サンデー毎日1955/11/06)

 少子化こそが「諸悪の根源」とされる現代にあっては、ビックリするしかない。こう書いた記者たちにしてみれば、現代などユートピアである。うっかり少子化を解消しようものなら、上記のようなまた別の問題が吹き上がる。皆さま、ゆめゆめ子どもを生みませぬよう。お国のためです(笑)。
 
 ともあれ、敗戦を迎え、復員兵や引き揚げ者が帰って来たのに加え、帰って来た男たちと待っていた女たちがセックスをして新たな生命が生まれ、日本列島はたちまち満杯状態になった。
 
 そこで養成されたのが受胎調節指導員だった。

(*1) 高沢淳夫1993「人工妊娠中絶の計量的考察――「水子供養」現象との関連をめぐって」『人文』39号、京都大学教養部、36頁
(*2) 中川清2000『日本都市の生活変動』勁草書房、282頁(原典は厚生省児童家庭局1964『受胎調節に関する世論調査』)


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