第4回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(2)

先週は、いきなり4回目で休載してしまってごめんなさい。
決してひっぱっるために休載したわけではありませんが、お待たせしました、辻本さんの話の続きです(週刊サンケイ1953/09/20)。

貧しい人びとが多く住む世田谷郷での「座談会」。
避妊方法の説明も終わり、さて実地練習という段になって、何人かの女性が帰ってしまった。しかも、それは「この人たちこそは受胎調節をすゝめたい」ような、あまり裕福でなさそうな人びとだった。辻本さんは「何故かしら」と首をかしげる。

その後も世田谷郷で座談会を開いたが、やはり実習になると、40歳から40代半ばぐらいの、子どもが7人も8人もいそうな、貧しい身なりの人びとがそそくさと帰ってしまう。3回目の座談会でも同じようなことになり、辻本さんは、思わず彼女らの一人を追いかけて、物陰になったところで声をかけてみた。
「あら、構わないじやありませんか、みんな同じ女性なんですもの」

さすが講習のプロ。「なぜお帰りになるのですか」とダイレクトに尋ねることはしない。あくまで、やさしく誘おうとする。
いっぽうの声をかけられた人のよさそうなおかみさんは、「如何にも弱ったという顔」で、口ごもった。額には冷や汗である。いったい、何が問題なのか。出席を促す辻本さんに、おかみさんはこう答えた。
「おら、こゝ十日以上も風呂へ這入らないんで、あんまり汚いからセンセに恥かしいんだよ」

この場合の実習は、模型を使って行われるのではなかった。じっさいに自分のからだにペッサリー等の避妊具を挿入してみる、つまり、下半身はだかになる実習だったのである。辻本さんの「構わないじやありませんか、みんな同じ女性なんですもの」という発言はその辺の事情を指している。おかみさんは、十日間洗っていない下半身を人前にさらすのが嫌だったのである。

この理由を聞いて、辻本さんは「心の中でトンと膝をたゝいた」という。
「なるほど、人生に疲れた女性に人並みの羞恥心はあるまい。けれど貧しい人たちにも貧しい人の羞恥がある」
女性たちは、講習中は受胎調節への熱意のあまり、羞恥心の存在を忘れていても、いざ実習となると、ふっとそうした羞恥心=「人間らしさ」を取り戻すのだと、辻本さんは書いている。

講義に熱中するあまり受講者の羞恥心の存在を忘れていたのは、本人たちではなく辻本さんのほうでは……? という疑問を持つ人がいるかもしれないが、辻本さんは対象者の羞恥心に気づくことができただけまだ「まし」なほうであるということは書きそえておかねばならない。

というのも、この時代、医療/保健関係者が患者や保健活動対象者の羞恥心に配慮するということが今より格段に少なかったからである。「無知」とか「無礼」とかではなく、当時の感覚がそういうものだった。

たとえば、1960年代はじめぐらいまで、伝染病予防の名目で飲食店の従業員などが「検便」されることがあった。現代も実施されているように、ケースに少量の糞便を入れて提出する方式だったらさしたる驚きは無いのだが、当時は「直接採便」という方法が採用されていた。

60年代はじめに問題になったケースでは、部屋に被検査者を一人ひとり入れて、座布団の上に四つんばいにさせ、脱衣した尻を保健所の職員に向けさせて、職員が肛門から直接、器具をつかって採便していた。
直接採便がどれくらい一般的に行われていたかは定かではないが、この方式が「人権問題」として騒がれる直前まで、複数箇所で実施されていたことは確かである。

身体検査と羞恥心ということでいえば、M検も欠かせない事例である。M検とは、サンスクリット語でペニスを意味する魔羅Maraの検査のことで、その名のとおり、ペニスを見る検査である。性病の有無をチェックするために、戦前の徴兵検査や学校の身体検査で行われていた。

1930年代の受験雑誌を見ると、M検を身長・体重と同じくらいに「普通の検査」とする感想もあれば、M検への羞恥心を隠さない感想もある。ある少年は、「一寸恥しい事は、M検で、受験生注視の前で赤裸々に出される」と検査体験を述べているし、ある学校の合格者座談会では「M検は明けつぱなしだからテレルよ」「看護婦が沢山ゐるから尚テレルよ」という会話が交わされている(*1)。
M検は、個人差はあるとしても、被検者の羞恥心を刺激する検査であった。そんな検査が、人権侵害等々の非難を受けることもなく教育の場で行われていたのである。

(*1) 渋谷知美2005「M検の記憶――1930〜40年代の学校身体検査における青少年のセクシュアリティの管理と統制」『Sociology Today』14号、35-36頁


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