第6回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(4)

淘汰というのは、「優れた種」が繁栄し、「劣った種」が滅びることである。逆淘汰というのは、その反対に、「劣った種」が繁栄し、「優れた種」が滅びることを指す。
受胎調節運動の広まりのなかで心配されたのは、この「逆淘汰」であった。

受胎調節の実行は、それなりに知識と理解力を要するものである。だから、受胎調節をする人にはインテリが多くなり、しない人には下層階級が多くなる、と考えられていた。すると、インテリの子孫が減り、相対的に下層階級の子孫が繁栄することになる。
インテリを自認する人びとは、受胎調節は結構なこととしながらも、この「逆淘汰」に懸念を示している。

たとえば、受胎調節の指導者層が集まる1954年の座談会で、雑誌『婦人朝日』の記者はこのような疑問を投げかけている。
「ところで、調節を奨励すると、生んでほしい人は生まなくなって、生んでもらいたくない人ばかり生む、という心配があるんですけれども」(婦人朝日1954/01: 69)。

『婦人朝日』はインテリの奥様がたが読む雑誌。記者も自分のことをインテリと任じているはずである。おそらく、「生んでもらいたくない人」に読者や記者が入るとは思っていない。「生んでもらいたくない人」不在の中でなされる、「生んでほしい人」による、まことに傲慢な発言である。

この問いにたいして、受胎調節界のドンで国立公衆衛生院長の古屋(こや)芳雄は次のように回答している。
「それはほとんど心配ありませんよ。例えば生活保護者なんかを、葛飾と川崎を選んで調べているんですが、戦後はそういう人たちの構成が変つて、戦争未亡人とか、旦那さんが病気のために落ちぶれたとかいう人が多いんですね。葛飾には大学出が八人いるんです。インテリが多いんですよ。そのせいか、低い階級の人も調節ということに非常に協力的ですね。これ以上生まれたら困ると、切実に感じているのは、あの人たちのほうが強いくらいですよ」。

そのような下層階級は熱意はあるがお金がないので、受胎調節の器具や薬品を無料で与えてやることで解決する、というふうに発言は続く。
この発言の場合、下層階級にも「インテリ」がいるということで話がじゃっかんややこしくなっているが、下層階級も受胎調節をしているので「心配ありませんよ」という意味であることは確かだ。逆にいえば、下層階級が増えることは「心配」なのである。「生んでもらいたくない人」と「生んでほしい人」がいるという枠組みじたいは、基本的に否定していない。

だいたい、古屋は、戦前は「国民優生法」(1940年)という法律の立法にかかわっていた人物である。この法律は、「遺伝性疾患」を持つ人には、本人の意思にかかわりなく不妊手術ができるという条文を持つものとして有名である。
この法律も、種の優劣、逆淘汰といった概念も、昭和戦前期の日本で流行した「優生学」という学問と関係がある。優生学は、おおざっぱにいえば、優れた人間が繁栄し、劣った人間が絶えるように何らかの施策をほどこしましょう、という志向を持っている。それは、戦争に勝てるように、国民の量とともに「質」を向上したいと願う国家にとっては有益な学問だった。

だが、戦争とともに優生学も終焉したかというと、そうではない。優生学的な考えかたが、戦後に成立した優生保護法に引きつがれていったことは、複数の論者が指摘するところである(*1)。

それは、法律の条文だけでなく、戦後の受胎調節運動にも引きつがれていった。受胎調節界のドンによる、「(逆淘汰は)心配ありませんよ」発言は、そうした歴史の一端を示すものである。

政府が大金をかけて、わざわざ「貧乏人」に受胎調節の器具を無料配布してやったり、安く分けてやったりしたことには、それをするだけの「下心」があってのことだったのである。

もちろん、辻本さんのような個々の受胎調節指導員は、「逆淘汰を防ごう」と思って活動していたわけではない。ほとんどの指導員は、「貧乏人の子だくさん」のせいで家事と育児に追われて一生を終えてしまう女性をなんとか楽にしてあげたいという一心で、活動していたのである。

ただ、そうした良心的態度と優勝劣敗の思想はいくらでも両立可能だし、結託しうるということは、歴史から学ぶ必要がある。

(*1) 例えば、松原洋子1997「〈文化国家〉の優生法」『現代思想』1997年4月、松原洋子1998「中絶規制緩和と優生政策強化――優生保護法再考」『思想』1998年4月、石井幸夫2001「産児調節運動の言説について」『ソシオロジスト』3巻、荻野美穂2001「「家族計画」への道――敗戦日本の再建と受胎調節」『思想』925巻。


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