第7回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(5)

辻本さんは、下層階級の奥さんたちだけでなく、上流階級のご婦人がたのことも、じっくり観察している。
ある高級住宅街での講習で出会ったのは、「私も子供を七人も生みましたが生み上げ育て上げる苦労は、女性の苦労ではありません。こうした女性の苦労は、女性の生活の中の美しさです」と一席ぶつインテリ婦人。せっかくの避妊講習会も台無しである。

辻本さんはこうした言葉を「私たちの世代も苦しんだのだから、あなたたちも、アプレな男女の言う享楽を憧れるばかりでなく、苦しんでみなさる方がよい」という発言として解釈している。

「アプレ」とは、フランス語で「戦後派」を意味する「アプレゲール」の略。第二次世界大戦後の若い人びとのことを指し、戦前の思想や価値観に縛られない彼らの「自由さ」をなじる意味あいで使われることが多い。

辻本さんによれば、このご婦人も、子どもを生まない女は自らの楽しみを優先しようとして生まないのだ、と決めてかかっているらしい。
なぜ、子どもを生まない女への非難のレトリックは、時代を経ても変わらないのか。
大変すぎる子育てはかくも女を卑屈にするのだろうか。

前回お話したように、受胎調節をする人にはインテリが多いというイメージがあったのは確かである。
だが、同時に、子どもを生み育てることを自らのレーゾンデートルとし、それを他人に押しつけようとするインテリ婦人もいたということだ。

ところで、第2回の連載で「1950年代に、受胎調節指導員という人びとがいた」と、あたかも受胎調節指導員が過去の存在であるかのように書いてしまった。
が、これは間違っていた。受胎調節指導員は現在も養成されている。

先日、日本家族計画協会という所から資料を取り寄せたさい、広告もいっしょに入っていて、そのうちの一つが「第91回 受胎調節実地指導員認定講習会」のお知らせだった。
4日間、朝から晩までみっちりとレクチャーを受け、4日目の夕方に試験、5日目の午前に答えあわせをして、合格なら昼の修了式で国会資格がもらえる。
レクチャーには「家族計画の目的と運動史」「避妊指導の実習」なんて項目もあって、たいへんにそそられる内容なのだが、参加できるのは保健師・助産師・看護師のいずれかの資格を持っている人だけである。

「受胎調節実地指導員」の国家資格はどれだけ活用できるのだろうか。
そして、「さぁ、みんなでペッサリーをはめる練習をしてみましょう!」なんて講習はまだ行われているのか(あれば、とても楽しいと思う)。できればこの連載中に、調べてお伝えしたいと思う。

今度は、都会を離れて地方の様子を見てみたい。
岩手県にある農村で、受胎調節指導員をしている女性の話。
この地方には「眠姦(みんかん)」という風習があることを、1960年の雑誌記事で報告している。

「農家では、夜寝床で、娘や息子を夫婦の間にはさんで寝る習慣がある。〔中略〕だから、夫婦が“淋しさの果てなむ所”に行き合うには“幾山河”を越えなければならない。それに旦那が苦心惨憺の上、静かにたどりついても、奥さんの方は昼間の激しい仕事の疲労で、ぐっすり眠りこけている。ちょっとやそっとの合図では眼をさまさない。しまいには旦那の方が腹をたてて「眠姦」(指導員は寝ている妻との行為をこう呼んでいる)するようになるという」(週刊現代1960/02/28:78)。

眠姦とは、寝ている妻の膣に本人の許可なく夫が陰茎を挿入、性交する行為のことであり、さしずめ現代なら「夫婦間レイプ」と呼ばれうる行いである。
「腹をたてて」というのが、なんともおぞましいではないか。これを逆恨みと呼ばずして何と呼ぼう。

「この地方では珍しいことではない」とあるように、やはり岩手で保健婦として受胎調節指導をしていた沢田千代子さんも、同様のケースを書き留めている。沢田さんは、農家の女性の方言を、できるだけ忠実に文字にしようと努力した人。1954年の手記には次のような農婦のことばが書かれている。

「保健婦さんがオラド(私達)にばかり教えたつてオヤヂ(夫)教育も必要でがんす。農繁期のときなどァ朝めざめて始めて解りあんすバンゲ(夜)クタクタ疲れて何も知らない事もあるのし、そんたな時ァほんとにオヤヂァ憎らしくなりあんす」(岩手の保健1954/02:45。傍点を省略)

夜中、知らない間に挿入されて、朝起きてはじめて気がつくという。そして、芽生えるのは、夫への憎悪。周りの農婦も「そうだそうだ」というふうに同意している。この人たちにはすでに子どもが3、4人ある。
「農繁期でも、あすこは元気」なのが眠姦男性というものらしい。翌朝、スッキリとした顔で何事もなかったかのように田畑に出るのだろう。まったくもって度し難し、というほかない。

※ まことに勝手ながら、筆者都合により、3週間のお休みをいただきます。
  次回は8月10日にお目にかかります。


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