しかし、二度目に夫がいない時をねらって行ったところ、この発言である。さすが辻本さん、勘がいい。このおかみさんは数日前に4度目の堕胎をしたばかりだった。
靴屋のおかみさんは「父ちゃんは真面目一方で、道楽をするわけではないから余計困るんです」と発言している。
さらりと書かれているが、この発言も、「セックス=他に楽しみがない人の唯一の娯楽説」を前提にしていると考えられる。
「道楽」というのは、女遊びか、もしくは飲酒やギャンブルなどの娯楽のことと思われる。
それをしない「真面目一方」の夫。そんな夫がセックスを求めてきて、断ることができないというのは、家庭内セックスが「道楽」に匹敵する楽しみだったからなのではないか。少なくともおかみさんはそう解釈しているから、「余計困る」とこぼしているのだろう。
家庭内セックスは夫婦の「楽しみ」であるという言説は、早くも1920年代に見出すことができる。1920年代は、通俗性欲学といって、性にかんする「科学的知識」を一般向けに説いたものが膨大な数で出回った時代である。
そのような通俗性欲学において、
「夫婦間の愛情を維持し家庭の平和を全うし、家族団らんの楽しみを味ふには夫婦間に性的調和が保たれていることが何よりも肝要である」
(田中香涯1923『性に基く家庭悲劇と其の救済』15頁)
という言葉が見える。
「家族団らんの楽しみ」だから、厳密には「道楽的な楽しみ」とはまた別のものなのかもしれないが、その他の選択肢(共通の趣味でも、子育てでもいいが)ではなく、他でもない「セックス」に夫婦で共有できる楽しみを見出す思考ということでいえば、この1920年代の言明と1950年代の言明は同種のものと判断しても間違いはないだろう。
夫婦間のセックスは「生殖」が目的であり、セックスの「娯楽性」は婚姻の外(買春や不倫)で追求される、という二項対立図式的な語り方がある。
だが、「俺達の楽しみを奪うな」と講習会に怒鳴りこんできた漁師の様子などを見ると、じつはそうした二項対立図式からこぼれ落ちる例もかなりあったのではないかと思われる。
家庭内セックスは、1950年代の貧しい人びとにとっては、じゅうぶんに「娯楽的」なものだったのではないか。
だから、夫婦間のセックスレス問題が勃発した1990年代以降というのは、夫婦間セックスの娯楽性ないし価値が下落した現象として位置づけることができるかもしれない。
日本で夫婦間のセックスレスがはじめて「社会問題」の文脈で語られたのは、1991年のこと。精神科医の阿部輝夫が日本性科学学会で、セックスレス夫婦の症例の発表を行った。
その後、「セックスレス」が正式に日本性科学学会において「特別な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシュアル・コンタクトが一カ月以上なく、その状態が長期にわたることが予想されること」と定義されたのは1994年のことである。
1995年にいちはやくセックスレスの現場を取材した川名美紀『時代はセックスレス』によれば、当時阿部輝夫がクリニックで扱った、セックスを回避する症例は16ケースあり、そのいずれもが男性だったという(*1)。
全員が高学歴で、愛されることを求めているにもかかわらず、臆病で批判に弱いパーソナリティを持っていた。
このような人たちにとって妻とのセックスは、娯楽どころか、苦痛か恐怖でしかない。
「俺達の楽しみを奪うな」と怒鳴りこんできた漁師とは対局の人びとである。
セックスレスな夫たちの登場に、1950年代は遠くなりにけり、との感慨を抱かずにはいられない。
同時に、セックスレスとは「病理」なのだろうか、単なる家庭内セックスの価値の下落という「変化」によるものなのではないか? との疑いも持たずにはいられない。
むしろ、眠姦したり、乗り気でない妻にセックスを強要するほうが、よっぽども病んでいる。
(*1) 川名美紀1995『時代はセックスレス』朝日新聞社、78〜80頁。