第11回 コンドームvs.ペッサリー(2)

指導員がコンドームよりペッサリーに力を入れていた理由の第二は、男性の性感をそこねるから、というものである。
この発言は、「新生活運動」にたずさわる受胎調節指導員の口からもれた。

その話の前に、ちょっと遠回りだけれど、新生活運動について見ておきたい。
この運動は、その後の日本の平均的な夫婦関係のあり方を方向づけたといわれる。
運動の中身を検討しておくことで、その後の夫婦関係のあり方も見えてくるし、その夫婦に使われるコンドームの位置についての理解もいっそう高まると思われる。

「新生活運動」というのは、1950〜60年代に、主に大企業に勤める労働者とその家族を対象に展開された一連のムーブメントのことである(*1)。
家計の倹約、住居の清潔などを目指して生活の合理化をはかろうという運動で、国家と企業と労働者が一丸となって推進した。
この運動のなかで、主婦は、企業から派遣された講師に教えてもらいながら、家計簿のつけ方を学び、家庭の衛生学や栄養学を学び、洋裁やふとんの綿入れの仕方を学んだ。
つましい生活ながら貯えをする余裕ができ、清潔な家にかわいらしい服を着た子どもが遊ぶ。栄養たっぷりの食事をとり、ふかふかの布団で眠る健康家族が出現した。

そのことは、家事の一切を主婦が受け持つことで、労働者たる夫が職務に集中できる環境が整えられたことを意味した。
「家庭のことは私に任せて。アナタは働くことに集中してくださいネ」という主婦と「キミが家庭を守ってくれるから一日がんばれるよ」という男性労働者の組みあわせ(高度成長期カップルと呼んでおこう)こそが、新生活運動が理想とし、現実に達成したものだったのである。

運動がこのような高度成長期カップルを作ろうとしたこと。
そのことは、陰謀でもなんでもない。
当の運動の推進者が、あっけらかんと語っている。

日本鋼管川崎製鉄所(当時)は新生活運動のパイオニアとして知られる。
当時、川鉄で労務部長をしていた小牧泰介氏の談話は、新生活運動のきっかけとしてしばしば取りあげられるものだ。

ある日、ベテラン工員が機械に手をはさまれる事故が発生した。
勤続12年にもなる工員がそのようなアクシデントにあってしまったのは、前夜、子どもが熱を出し、徹夜で看病していたために、モウロウとしていたからであった。

小牧氏がかけつけた時にも
「熱は下ったか、物は食べたか」
とうわごとを繰り返す。

その時、小牧氏は思った。
「安全管理、労務管理はまず家庭を健全にすることからだ。家庭の“労務管理”をなおざりにされていなかったろうか」。
勤務時間8時間の残り16時間こそが、サラリーマンにとって重要な「労働力再生産」の時間である。この16時間のほとんどを過ごす家庭を明るくすれば、労働者は元気よく工場に送りだされて、事故も減るに違いない、と小牧氏は考えた(週刊東京1959/02/21)。

新生活運動のそもそもの発端が、労働者(=夫)が職務に集中できる環境を整えること、つまり企業の生産性向上にあることを、小牧氏は隠さない。
機械の設計のほうを変えるのではなく、労働者の生活のほうを変えようとしたこの発想を、いかにも高度成長的な傲慢さに満ちあふれているなどとなじるのは、それこそ後世の人間の傲慢だから、やめておく。

ただ、この辺りについて、日本近代史家のアンドリュー・ゴードンが丁寧な考察をおこなっているのでそれを引いておきたい。

1960年代半ばに出された新生活運動のパンフレットでは、工員が事故にあった理由が子どもの看病にあったことを知って、小牧氏が「ガク然とした」ことが描写されている。

彼は何に愕然としたのか。この描写だけでは必ずしも詳らかでない。
ゴードンは小牧氏の真意をさぐろうとして、いくつかの可能性を検討している(*2)。

・子どもの容態がひどかったことに愕然としたのか。
→それはありえない。

・家族が夜中に病院にいなければならなかった〔子どもは病院で看病されていた。引用者注〕ことがショックだったのか。
 →その可能性はなくもないが、もしそうならば、なぜ徹夜の看護を家族にさせてしまう看護婦の不足に焦点を当てないのか。

だとすれば、小牧氏はいったい何に「ガク然とした」のか。

(*1) 新生活運動については、柳井郁子2001「1950-60年代における企業による家族管理――新生活運動の展開に即して」『東京大学大学院教育学研究科紀要』41巻、田間泰子2003「少産化への軌跡――日本国有鉄道における家族計画の場合」『大阪産業大学経済論集』4巻3号など参照。
(*2) アンドリュー・ゴードン「日本家庭管理法――戦後日本における新生活運動」(forthcoming)1頁。


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