第12回 コンドームvs.ペッサリー(3)

小牧氏が「ガク然とした」その理由を、ゴードンは次のように推察する。
「小牧は、この従業員の妻が、夫が次の日の労働のためにエネルギーを補充できるよう、自らが病院で看護をする、ということをしなかった事態に対して、愕然としたのである」

この推察は当たっているだろう。
小牧氏の感情をさらに分節化し、率直に表現すれば、
「おいおい、なんで妻が看病しないんだよ。翌日、仕事がある夫にやらすなよ」
といったところだろうか。

工員が子どもの看病が原因でフラフラになっていたことを知り、「安全管理、労務管理はまず家庭を健全にすることからだ」と発想したからには、氏の目には、父親が子どもの看病に身をやつす家庭というのは、どこかしら「不健全」なものに映ったのだろう。

子どもの看病に精を出すということは、親として当たり前のことである。
その「当たり前」を貫こうとすると「不健全」と評価される。
高度成長期というのは、そんな時代である。
そして、仕事か子育てかの二者択一を迫られる現代もまた、高度成長期の延長上にある。

「不健全」ということでいえば、この話で、看病のためフラフラになっていたのが母親だったらどんな評価をされたのだろう……と想像せずにはいられない。
それは「不健全」と評されることはなく、かといって「健全」とも言われず、当たり前すぎることとして話題にもならないだろう。いわば、「無視」である。

父親が育児に精を出せば、「不健全」。
母親が育児に精を出せば、「無視」。
両者とも別様の仕方で育児から疎外されている。
このような疎外にも関わらず子どもを産みつづけた高度成長期の人びとというのは、なんとエネルギッシュだったのだろう。
中には、疎外を疎外と思っていなかっただけの人もいるだろうが。

*********

このように、男性労働者が職務にのみ集中できるよう、その妻に家事と育児のいっさいを担わせたのが、新生活運動である。
だが、家庭側にもメリットがあり、家庭と企業の利害が一致したからこそ広範にひろがったムーブメントであることは否定できない。

新生活運動の中では受胎調節もすすめられた。これこそ、家庭と企業の利害が一致した項目であった。
適当なところで子どもの数を抑えることは、主婦にとっては、身体へのダメージや育児負担を減らすことになる。また、家計も圧迫されないで済む。企業にとっても、家族手当ての支出が抑えられるというメリットがある。

当時の雑誌のいくつかが、受胎調節指導員が社員宿舎で講習会を開いている様子を、写真にとらえている。

この手の写真は見ていると、楽しくなってくる。
女のものでありながら、これまで女の手の届かない所にあった女体にかんする「知」を、女どうし助けあいながら発見していこうとする様子が、気持ちを高揚させるのかもしれない。

とくに心楽しくなる『週刊東京』1959年2月21日号のそれは、川鉄の社宅とおぼしき建物の前で、主婦達が総出で指導員を送りだしている写真である。
指導員のカバンには、手提げ部分に筒状のものがひっかけられている。子宮の断面図を丸めたものかもしれない。
主婦たちはのきなみ笑顔で、「ご指導ありがとうございました!」という声が今にも聞こえてきそう。子どももちらほら居て、意味もわからずお辞儀をしている。
「昭和30年代」の息吹が伝わってくるような、なんとも楽しい写真である。

その新生活運動を報じる記事の中に、次のような記述がある。

「モデル・ケースとして発足した〔東芝〕府中工場の例を見ると――
 まず、受胎調節技術が大きく変った。特に目立つのは、コンドームからペッサリーに切替えたものが多いということ。
 もちろん、主流はやはりコンドーム。〔中略〕
「だが、これは男性側の不満の原因になる」
 むしろ、女性側に予防措置をとる方が男女平等と指導員の一人、荻野晃子さん(38)はいう」(週刊東京1959/02/21、6頁)

<お知らせ>
大変ご好評いただいているこの連載ですが、作者の澁谷さんの仕事がとても忙しくなったため、年内は月一の更新に変更になりました。ざんねーんですが、ゆっくりとこれからもおつきあいください! よろしくお願いします。


INDEX
[2006/12/31]
第14回 コンドームvs.ペッサリー(5)
[2006/11/02]
第13回 コンドームvs.ペッサリー(4)
[2006/09/21]
第12回 コンドームvs.ペッサリー(3)
[2006/09/07]
第11回 コンドームvs.ペッサリー(2)
[2006/09/04]
第10回 コンドームvs.ペッサリー(1)
[2006/08/31]
第10回 コンドームvs.ペッサリー(1)
[2006/08/25]
第9回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(7)
[2006/08/10]
第8回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(6)
[2006/07/14]
第7回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(5)
[2006/07/06]
第6回 フィールドワーカーとしての受胎調節指導員(4)
これより前のコラムを見る
▼コラム一覧へ戻る  ▲topへ