第13回 コンドームvs.ペッサリー(4)

コンドームは男性側の性感をそこねる。だから、コンドームはあまりよろしくない。
避妊にはペッサリーを使いましょう。
――これは、男性がいっているのではない。受胎調節指導員の女性が、わざわざ男性の立場に立って、男性の性感をおもんぱかってあげているのである。

なんという優しさ!
女性が望まない妊娠をしなければそれでいい、と指導員・荻野さんは考えない。
殿方の性感もキープできてはじめて完璧な避妊法となるのだと、彼女はいう。

しかも、女性側に予防措置をとるほうが「むしろ男女平等」なのだという。

いったい、ペッサリーはいかなる意味で男女平等なのだろうか。

このくだり、何十回と読んだのだが、よくわからなかった。
わからないながらも推察してみるに、おそらく、〈望まない妊娠をしなくてすむ〉という状況を女性側の「利得」として、〈セックスで気持ちよくなれる〉という状況を男性側の「利得」として考え、これら双方の利得の両立可能性を指して、荻野さんは「男女平等」といっているのだと思われる。

だが、この仮説が当たっているとすれば、この認識にはかなり問題がある、といわなければならない。

なぜなら、第一に、〈望まない妊娠をしなくてすむ〉ことを、わざわざ「利得」としてありがたがる精神が、残飯をありがたがる野良犬なみに卑屈だからである。

〈望まない妊娠をしなくてすむ〉状態、すなわち、できたと知った時にショックを受けずにすむこと、子宮の中を器具でひっかき回されないですむことは、あえて「利得」といわなければならないことではない。当然の権利である。

第二に、女性の〈望まない妊娠をしなくてすむ〉という状況と男性の〈セックスで気持ちよくなれる〉という状況を同じ「利得」として天秤にかけられるセンスもまた、卑屈さに満ちていからである。

繰り返すが、女性にとって〈望まない妊娠をしなくてすむ〉という状態は、とくに何も「得」はしていない状態である。だが、男性にとって〈セックスで気持ちよくなれる〉という状態は「絶対的に得!」な状態であって、両者が釣り合うわけがない。

推論に推論を重ねるが、荻野さんが〈望まない妊娠をしなくてすむ〉ことを「得」と考えてしまえるのはなぜか?
それは、心の奥底で「女はセックスをする以上、妊娠するべき」という当為命題を持ってしまっているからではないだろうか。

ある事実命題(〜である)が当為命題(〜するべき)へとすり変わる例はいくらでもある。たとえば、「女は子どもを産む」が「女は子どもを産むべき」へとすり変わることなどである。

荻野さんの中で、「女はセックスをすると妊娠をする」という事実命題が、「女はセックスをする以上、妊娠するべき」という当為命題へと、いつのまにかすり変わっているのではないだろうか?
セックスをすれば当然妊娠は「するべき」と考えているからこそ、〈望まない妊娠をしなくてすむ〉ことを「利得」と認識できてしまえるのではないだろうか?

「女はセックスをする以上、妊娠するべき」。
あなたはそんなふうに思っていますか? とたずねて、「はい」と答える人は、荻野さんを含め、さほど多くはないと思う。

だが、妊娠は女にたいする懲罰と信じる男(暴力事件で問題になったレイプもののAVのコピーは、「お前なんか妊娠してしまえ!」だった)、人工妊娠中絶をしてケロリとしている女を世も末とばかりに非難し、女が悔恨の涙を流してやっと安堵する医療関係者や教育者は少なくなく、彼ら彼女らは、どこかでこの当為命題を心の奥底に抱えこんでいる。
セックスをした女が「するべき」ことを完遂しないことへの苛立ちが、暴力的妊娠への欲望となり、中絶への悔恨の強要となるのである。

もちろん、荻野さんはレイピストや理解のない専門家とは一線を画す、受胎調節指導員である。女が望まない妊娠をしない社会を創ることをこそ、その職務とする良心の人である。

しかし、そうした良心の人でさえ、ある前提(女はセックスをする以上、妊娠するべき)を無自覚なままに持っていたことはなかったか。
いいたいのは、そういうことである。

もっとも、荻野さんの「むしろ男女平等」発言には別の解釈もある。


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