2001/5/7
 

「ナヌムの家」を訪れたバイブガールズスタッフのエッセー。

先日、元「日本軍」慰安婦たち(以下ハルモニ)が共同生活を送る「ナヌムの家」へ行った。「日本軍」慰安婦歴史博物館の裏はハルモ二たちの住居になっているので、ハルモニたちが散歩をしたり、洗濯物を干す姿を見かけることができた。現在を生きるハルモニたち。そこで出会った1人のハルモニは、手に菜っ葉を持って私に「これ、食べれるの。おいしいよ」と微笑む。「日本語忘れちゃったから、言葉がでなくて悔しいって言ってるよ」と隣にいる私の韓国人の友人が通訳してくれた。そんなハルモニとは対照的に、私は何も、何1つ答えられなかった、彼女たちが問いかけたことすらも。

韓国では今たくさんの人々が、日本の「教科書問題」に関心があると聞いた。「ナヌムの家」のあるハルモニも私達に「教科書問題」がどうなっているのか、聞いてきた。日本政府による歪曲された「日本軍」慰安婦・朝鮮をはじめとする植民地侵略の歴史の記述を正す、ことへの要求。その歪曲された記述に対しての憤怒。現在も続くハルモニたちの恥辱の日々。そこで私は又何も、なにも答えられなかった、日本の政治家達がそろって何度も口にしているような曖昧なことしか。

私は単に「戦争が悪い」だとか、同じ「オンナとして」同情してハルモニたちの体験を代弁しようとか、「日本人として」の罪の意識だとか、「オトコの戦争暴力」を訴えたいとか、そんな破廉恥なことを胸張って、口にしたい訳ではない。私が言いたいのは、私達は戦後50年以上過ぎても、自分達の意思の届かないところで、見えない権力に「語る」自由を侵されているっていうんじゃないか、ってこと。事実を知る、自由が欲しい。そしてそれを自分達の言葉で語りあえる、自由が欲しい。

その昔、高校の日本史授業で「天皇制」について質問して、授業が脱線するので他の生徒の迷惑になると言われた私。私の質問は受験生に対して迷惑だった、らしい。私はただ、その教師の「意見」が聞きたかっただけだった。それから私の唯一インタアクティブな歴史の教師は現在72歳になる父親だった。韓国から帰った私はさっそく
「お父さん、韓国に行って、元「日本軍」慰安婦たちに会ってきたんだよ。ハタチになるかならないかの年でさ、突然強制的に連れ去られて、拉致、強姦されて、自分の人生を他人にメチャメチャにコントロールされて生きる毎日なんて想像できないよ・・・私だったら、気が狂って、恨みつのって死んでるよ。それでも、それでもさ、お父さんより年老いた彼女たちは、真実を伝えるんだって、今も活動しているんだよ」
と伝えた。すると、この70を過ぎた父親は言葉に詰まってしまった。目に涙すら浮かべて。
「・・・あの女の人たちはね、特に朝鮮人たちは、チャンコロって呼ばれてね、奴隷みたいに扱われたんだよ。当時の殆どの日本人達は「日本軍」慰安婦って言うのが、何だか知っていたと思うんだよ。他にも日本人女性で、生活のために仕方なく軍人相手に売春していた人たちもいたらしいけどね、それとは違うんだよ。だって、「日本軍」慰安婦というのは、当時の植民地だった朝鮮、台湾の女性ばかりで、奴隷のように、モノのように扱われた人たちのことなんだよ。使い捨て、だったんだよ、死のうが殺そうがお構いなしだったんだよ。朝鮮の男達だってそうさ、休みもなしで、鉄道工事か何かの重労働強制させて、死んだらポイ、だよ。恐ろしい話だよ。アジア諸国を侵略して、いい気になってたんだよ、日本人は。敗戦したってね、そういうエリート国民意識っていうのが今でも残ってるんじゃないかと思うよ。だから、自分達に不利なことは教えない。本当のことは言わない。」

戦争体験者の父親は、「戦争」を語るときだけ饒舌になる。今でも毎年8月15日には、当時14、5歳だった自分の「人間らしい感情がなかった」事実を語る。空襲で死んだ人達の山をまるでモノでも見るように通り抜けて歩いた朝。隅田川に浮かんだ死体を見て、明日は我が身だ、気をつけようと思ったこと。空襲警報にも慣れてしまい、起きる気力もなく寝床にいると、近所のオヤジ達に「お前は男だろ、何しとるんじゃ!」と怒鳴られていたこと。
13、4にしては身体が大きかったので、出兵志願しろと学校の先生に言われて、断わると、周りの大人達に非国民呼ばわりされて責められたこと。

だから。だから、父は今も言う「歴史」は語られなくてはならないんだと。「日本軍」慰安婦の事実を「知らない」ということだけで済ませちゃいけない、こと。「植民地侵略戦争」の事実を黙殺するのではなく、又、多くの悲惨な軍人の死を単に美化するのでなく、その歴史の事実を、ありのままに伝えていかなくてはならない、ということを。

果たして私は今まで「何を」学んできたのだろうか。知らない、判らない、ということで全てを黙殺してこなかっただろうか。「知らなかったから」、「学校で習わなかったから」で全てを無視してこなかっただろうか。今さら戦争責任といっても・・・といって沈黙してこなかっただろうか。感じた疑問を口に出してこなかったのではないだろうか。こうした私の言い訳は、今の日常にも続いているような気がする。例えば、「国家」を縮小したような、マクロソサエティのような会社の中で毎日行われていること。今さら口に出しても無駄だからといって、何も言わないこと。巧妙に仕組まれた権力の中で、自ら鈍化して、制度の産物になりきっていること。「侵略」の歴史はまだ続いている。

だから、声を出そう。お腹の底から、振り絞って、声を出そう。ハルモニたちのように、怒りを、恥辱を、言葉に代えて、声を上げよう。見えない権力にこれ以上「語る」自由を侵されないよう、声を出そう。事実を知る自由、を得よう。自分達の言葉で語りあえる自由、のために。


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