「クロとの別れ」

2009年7月 2日


「前に付き合っていた男性は家事全般が上手な人でした。私は家事全般に不精です。
彼は一人暮らしで、スープをダシからつくり、ボタンが取れたら付け替え、床を毎日拭いていました。外で仕事をしながら家のことを苦もなくやってのける人でした。
同じく一人暮らしの我が家に遊びに来た時は、あまりにずさんな状態に驚き、半日かけて掃除洗濯をしていました。頼んだわけではないし、それをありがたいとも思わなかったけれど、放っておきました。

彼は最後に、「あなたの家に泊まり行きたい」といいました。「無理です」と断ると、「部屋が汚いからでしょう」と笑います。「そういうことではなくて、あなたとはもうそういう気持ちにならないから無理なのです」と説明すると、しばらく沈黙したあと、「やっぱり部屋が汚いからでしょう」と笑いました。やっぱりそういうことではありませんが、ちょうどひと月ぶりに大掃除したことは黙っていました。」


先日、あるところに書いた文章です。彼とはクロのことです。まだ続いていたのか、ということではなくて、ちゃんと終わらせていませんでした。この関係はどうなったのかしら、と他人事のように思って連絡をしないまま、気がつけば半年が過ぎていました、

先月あたりから、クロは私の職場のビデオ屋に姿を見せるようになりました。
意を決してか、どうかはわかりませんが、仕事の途中に寄っては、ビデオを買ったり売ったりします。その最中に私を飲みに誘いますが、私が仕事を終えて連絡を入れると、「今日は疲れたから家に帰りました。ごめんね」とメールでドタキャンします。
不思議と不快な気持ちにはなりません。そういうことが三回ほど続いたでしょうか。
職場のオーラちゃんにそのことを報告すると、「いま茶屋ちゃんと飲むと、別れ話になるから逃げているんじゃない?」と分析してくれました。
そうかもしれない、だとすると、それは大変だなー、とクロの気持ちを察してみました。

私は自分に都合よく、フェイドアウトという便利な言葉で片付けたがっていましたが、クロにしてみれば気持ちが残っていたのでしょうか。
オーラちゃんは、「そういうことはキチンとしたほうがいいと思うよ。感謝の気持ちもあるでしょう」と人道的です。
そういえば、ルパンにふられたあと、私に食事を奢ってくれた人にも同じようなことを言われました。ゲイバーで会えばいつも私を好きだと言ってくれる、クロと同い年の男性です。甘えてみました。セックスする? という流れにしてみたら、断られました。
「茶屋君は、彼氏、いるでしょう。どうなっているの?」
と説明を求められたので、会っていないしフェイドアウトとか・・と口ごもると、
「それは駄目だよ。きっと彼氏は茶屋君からの連絡を待っているよ。僕がその彼の立場だったら、そういうときに浮気されたらとてもツライと思うから、僕はキミとは寝ないよ」と、テキパキ言われました。
そして、「付き合う、ってどういうことかな?」と、禅のように問いかけてきました。

みんなちゃんとしているのね・・、とため息が出ました。と、感心しながらも、あえて自分からクロに連絡をとることはありませんでした。

ある日ビデオ屋に来たクロは勢いがありました。とつぜん、「ねえ、明日泊まりに行ってもいい?」と切り出しました。泊まりに来る、セックスをする、無理です、と瞬時に答えが出た私は、「駄目です」と断りました。そのやりとりが三回繰り返されたあと、その晩飲みに行くことになりました。ドタキャンはありませんでした。そしてゲイバーのカウンターでも同じやりとりがされて、冒頭の結末に至りました。

やっと、お別れが言えました。翌日、オーラちゃんに報告すると、「ちゃんと言ってないじゃん!」とツッコまれましたが、翌々日に、クロは自分の部屋に置いてあった私の衣服を紙袋に入れてビデオ屋に持ってきてくれました。中をのぞくと、シャツにアイロンがかけられていました(下着にまで!)。

このコラムを読んでくれているゲイ男性は、これまでクロに同情してくれていました。クロとは面識はないので、私が書いてきたクロに、です。ずっと、「クロさんが可哀そう、茶屋はヒドイ」というスタンスでした。
私はなんとなく、クロの男ジェンダーみたいなものを批判的に書けたらいいな、と思っていたフシがありましたが、書けば書くほど、彼の中では、私の鬼畜性が浮かび上がっているようで、面白いなと思いました。というより、つくす嫁のように家事でもなんでも使って関係をつなごうと努力するクロに比べて、私はそのあいだ鼻くそをほじっているような、ただのおっさんでした。

「読んでいる限り、クロって、いい人だよね」と別の人からも言われたことがあります。
そうか、そうだったのか、と逆に、ここのところ私が「いい人」として書いているルパンについてどう思うか、先ほどの方に尋ねてみました。彼はルパンとも面識はありません。ルパンは男ジェンダーから降りようとしている男性として私の中では好意的な存在です。そういうふうに書いてきたつもりでした。
すると、「僕の中では、ルパンはイヤな子だね」と私の思惑とは正反対の感想が帰ってきました。「昔からああいう女子っていたじゃん」と嫌そうです。前回に書いた「女嫌い」とはまた違う様子です。同性敵、みたいな感じです。天然のブリッコ(死語?)のようで好きじゃないようです。「臨死!! 江古田ちゃん」でいうところの猛禽でしょうか。

家事の得意なことが女ジェンダーにつながるわけではありませんが、女を家事専属にしてきた歴史が、家事に女ジェンダーの意味をくっつけます。
家事の得意なクロに、猛禽ルパン・・もしかするとこのコラムでは、彼らの男性性より、彼らが使う女ジェンダーのほうが目立っていたのかもしれません。
そうすると私こそ、クロの家事にあぐらをかき、猛禽に吸い寄せられた、男ジェンダーの体現者だったということになります。

クロとルパン・・求められて拒絶して、求めて拒絶された二人です。
長く付き合うまでに至らなかった理由は、私がただのおっさんで、そこを変えようとしなかったからかもしれません。

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茶屋ひろしのプロフィール

茶屋ひろしのプロフィール茶屋ひろしのプロフィール
1975年、大阪うまれ。京都の私大生をしていたころに、あたし小説家になるんだわ、と思い立ち、卒業後も京都でアルバイトしながら執筆を続けるが、その生活は鳴かず飛ばず。
このままじゃ将来が不安、手に職をつけなくちゃ、と夜の世界へ飛び込んだら、思いのほか楽しくて2年間酒びたりの生活を送ってしまう。ああ、もう書かない人になるのかしら、と最後の危惧を感じて突然上京を決意。東京に来て2年が経ち、少しずつ書く機会が出てきました。行く末はライターか小説家か、は保留。ゲイというよりオカマ。
二丁目で働いていて感じる違和感を言葉にしていきたいと思っています。


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